米英貿易合意、他国との交渉の「青写真」にはならず

ホワイトハウスの外観を撮影した画像

トランプ米大統領は「相互関税」を打ち出して世界的な貿易戦争を仕掛けてから1カ月余りで、ようやく「そこそこの」取引を1つ成立させた。

トランプ氏が8日に慌ただしく発表した英国との貿易交渉合意は、米国にとって多少のメリットがある内容だ。

しかしトランプ政権の閣僚らが主張するような包括的通商協定とみなすべきではない。

今後の他国との交渉はハードルが高くなる一方だろう。

英国から米国に輸出する自動車10万台に適用する関税率の引き下げや、その見返りとして100億ドル相当のボーイング航空機に英国が課す関税も軽減されるという今回程度の取引は、以前なら政治レベルではなく通商担当当局や外交官から発表されるような内容と言える。

だがトランプ政権としては、ベッセント財務長官と中国の何立峰副首相の重要な会談を控え、貿易交渉の面で何らかの進展がどうしても必要としていた。

手っ取り早く交渉を成立させる相手として英国が選ばれたのは、自然な流れだった。

英国は対米貿易赤字がそれほど巨額ではなく、自国の自動車・鉄鋼産業を強化したいという強い意欲がある。

今回の合意により、対米輸出車の関税率27.5%を負担するところが10%で済むことになる英国の自動車メーカーは大助かりだ。

2023時点で英国が米国向けに輸出した自動車は金額ベースで83億ドルと全輸出の2割を占め、ジャガー・ランド・ローバーといったメーカーにとって両国の取引は不可欠だった。

英国の鉄鋼メーカーも合意の恩恵を受けられるだろう。

24年に英国から米国に輸出された半製品と完成品の鉄鋼はわずか3億7000万ポンド相当とはいえ、関税がゼロになることで米国の顧客に対する競争力が他国製品に比べて高まる。

自動車・鉄鋼分野以外の英輸出企業は、引き続き米国向け輸出で一律10%の関税を適用される以上、トランプ氏の大統領復帰前よりも状況は悪くなる。

一方英国は、米国産の牛肉やエタノールなどの関税引き下げに同意した。

もっともこうした限定的な範囲の取引は、トランプ政権が目指してきた方針に反する。

相互関税の詳細を発表した「解放の日」から1カ月を超えてもなお、多くの貿易相手国への関税発動を回避する、あるいは中国製品に対する145%の関税を撤廃する明白な道筋は見えていない。

規制体系や税制などは廃止がより難しく、だからこそ米英両国は、英国が欧州連合(EU)離脱してからこれまで、包括的な通商協定を締結できないでいる。

これらの非貿易障壁は、中国のような輸出国との交渉で特に困難な問題になるだろう。

実際米国と中国は過去数十年、労働基準やダンピング(不当廉売)、環境規制、資本管理を含む多種多様な非関税障壁を巡って対立を続けている。

それゆえ8日発表された米英両国の合意も、米国がこれから他の国と行う貿易交渉においては明確な「青写真」にはなり得ない。

参照元:REUTERS(ロイター)