「民主主義の防衛のため」、欧州新興防衛企業に流れるAI人材

以前なら米国に職を求めたであろう欧州のテクノロジー系人材が、母国やその周辺の防衛関連の新興企業に目を向け始めている。
海外での仕事を辞めて、欧州に戻ってくる技術者も増加傾向にある。
こうした技術者の多くは、ウクライナ戦争やトランプ米大統領によって米欧の安全保障同盟に亀裂が生じたことにより愛国心をかき立てられたことが動機となっている。
欧州各国政府が防衛費を増額したことを受け、高報酬を期待する向きも多い。
戦場での人工知能(AI)利用の技術開発で最先端の現場に携われることに魅力を感じる人材もいる。
ロイターは欧州のAI技術者や、ベンチャーキャピタル企業関係者、政府関係者、防衛企業関係者20数人に取材した。
技術系人材の流入は、米国が第2次世界大戦以降続けてきた欧州の守護者としての役割から後退したことによる政治情勢の変化を反映していると、彼らは話した。
パリを拠点とする戦場AIプロバイダー「コマンドAI」のロイック・ムジョル最高経営責任者(CEO)は、こうした技術者について、「彼らは本当に使命感に燃えている。人生で、金もうけだけではなく意義のあることを成し遂げたいと考えている」と話す。
戦場でのAI使用については、以前から倫理的な懸念が指摘されてきた。
だが、この技術は投資家にとっては魅力的だ。
コマンドAIは12月の資金調達ラウンドで1000万ドル(約14億2800万円)を調達。
自律型ドローンに対抗する技術に特化するアルパイン・イーグル(ドイツ)は3月に1000万ユーロ(16億2100万円)を調達した。
AIの人材獲得競争は激化しているが、前出のムジョレ氏によると、コマンドAIは米AI開発企業オープンAIやデータ解析のパランティアから技術者やプロダクトマネージャーを引き抜いて採用した。
アルパイン・イーグルは、ドイツ国外への事業拡大を視野に入れ、製品やエンジニアリング、事業開発、営業部門にわたって採用を計画している。
「防衛や公安の面で、欧州は巨大な市場だ」と同社のヤンヘンドリック・ボーレンスCEOはロイターに語った。
欧州の給与は米国よりもかなり低い場合がある。
求人情報サイト「グラスドア」のデータによると、企業評価額10億ドル以上の大型未上場企業「ユニコーン」の中で唯一の欧州防衛企業であるヘルシング社のAIエンジニアの年収は15万ドルで、パランティアの27万ドルやグーグルの38万ドルと比較すると低い。
経験豊富な人材を引き抜くだけでなく、コマンドAIやヘルシング、アルパイン・イーグルのような企業は新卒者を募集している。
ギリシャの防衛技術新興企業variene.aiの創設者であるステリオス・コロネオス氏は、ウクライナ戦争を経て、防衛分野で働くことに対する罪悪感が薄れた若いエンジニアが増えたと語った。
「若者は自由がタダで手に入るものではないことに気づき始めた。自分たちの身は自分たちで守らなければならない。銃でそうする者もいれば、自分の持っている知識や作ったものでそうする者もいる」と、コロネオス氏は言う。
ドイツのアーヘン工科大学で博士課程に在籍するユリアン・ディルケスさん(27)は、強化学習を研究している。
強化学習は、最適な結果を得るために自律的に判断するようソフトウエアを訓練するもので、防衛に幅広く応用できる。
「防衛の研究をするのであれば、欧州民主主義を守るためであることが私にとって重要だ」と彼はロイターに語った。
ロシアが2022年2月にウクライナに侵攻して以来、防衛関連の新興企業が急増しており、特にドローンなどの技術がウクライナの戦いを支えている。
調査データ会社ピッチブックのデータによると、欧州防衛関連企業に対するベンチャーキャピタルの投資額は、2022年の6200万ドル、23年の2億5400万ドルから増加し、24年には6億2600万ドルに達した。
欧州連合(EU)は防衛費として8000億ユーロの投入を目指しており、ドイツのような国々は防衛予算の大幅増額を約束している。
英国の人材情報会社Zekiの報告書によると、欧州の防衛関連企業は優秀なエンジニアのトップ人材の獲得に動いている。
既存の大手企業も、ドローンから兵員追跡技術までの分野で、ハードウエアからソフトウエアに重点を移している。
80万人分のデータに基づく同社の分析によると、発表された研究の数を基準に見た欧州防衛分野におけるトップAIエンジニアの数は、2014年の144人から24年には1700人に急増した。
また、米国での同様の人材の数は同期間に487人から6927人に増加した。
この分析でZekiは、優秀なトップの人材を、研究発表などでAI分野の新境地を切り開いた実績のあるエンジニアと定義している。
Zekiのトム・ハードCEOはロイターに対し、「こうした動きは、この分野における重要かつ持続的な成長を示している」と述べた。
投資家や技術者、リクルーターによると、現在の米国の政治環境への不安が、一部の欧州出身者が欧州に機会を求める後押しとなっているという
トランプ政権による大学や研究機関への大幅な資金削減を受け、欧州移住を検討する他分野の科学者たちもいる。
「世界のトップAI研究者の多くは欧州出身だ。米国に渡った者もいるが、多くの人は欧州の主権や防衛力、長期的な価値創造に取り組もうと戻ってきている」と、ベルリンにある米ベンチャーキャピタル、ジェネラル・カタリストのマネージング・ディレクター、ジャネット・ズー・フュルステンベルクは言う。
ベンジャミン・ウォルバ氏は昨年、技術系創業者と投資家、そして政策立案者をつなぐことを目的とした民間ネットワーク「欧州防衛テック・ハブ」を共同設立した。
同組織はヘルシングとジェネラル・カタリストの後援を受けている。
ウォルバ氏によると、2024年にミュンヘン、コペンハーゲン、パリで開発の技術を競う「ハッカソン」を開催し、約440人が参加して12以上の防衛テック新興企業が生まれたという。
この民間ネットワークは先月、アムステルダムでも同様のイベントを開催した。
「特にこの1年で、AI分野の研究者が防衛分野で働くことに一段と前向きになっている」と、ウォルバ氏は話した。
英国の大学生マイケル・ローリーさん(20)は最近、会計の仕事と一般的なAIの仕事のオファーを断り、部隊の動きをセンサーでより詳細に追跡する技術を開発している会社で働くことにした。
「選択肢は他にもかなりあったが、国防の道に進もうと決めた。私にとってそれは有意義な仕事をする機会だった」。
2月にミュンヘンで開催された技術イベントで優勝した新興企業を経営するローリーさんはこう話した。
「多くのテック企業は、入社したら広告用のコードでも書くことになるのだろう。でも最前線に貢献し、民主主義を守る手助けができるというのは、多くの人が得られる機会ではない」
マリー・イヌヅカさん(34)は、オープンAIとパランティアに勤務した後、昨年12月にコマンドAIにプロダクトマネージャーとして入社した。
イヌヅカさんの祖父母は1945年、長崎で米国による原爆投下に遭った。
「私の祖父母は原爆を生き延びた。だから、防衛は常に私にとって大切なものだった」と、彼女はロイターに語った。
参照元:REUTERS(ロイター)