「東京五輪で完全に心が壊れた」空手・植草歩 プラスサイズモデルとして活躍する今「この挑戦が自分を救ってくれた」

インタビューをイメージした画像

東京オリンピックを戦った空手家の植草歩さんだが、2024年5月に24年間の競技人生に幕を閉じる。

その後、自身の母校でもある日体大柏高校空手部の監督としてセカンドキャリアをスタートさせた。

さらにみずから応募したというプラスサイズモデルとしても活躍。

異例の転身を果たした理由とは!?

── 空手の組手は体重別階級制で戦うため、現役時代は体重の調整が必要だったと思います。体重管理や食事に関しては敏感でしたか。

植草さん:太るのが怖かったので、いつもタンパク質中心に、バランスのよい食事を心がけていました。食べる量はコントロールしていましたし、毎週のように体重や体脂肪を測定していましたね。現役時代は試合に勝つためだから頑張っていましたけど、正直、すごく苦しかったです。

── 体重調整などで苦労もされたのでしょうか。

植草さん:当時は+68キロ級で戦っていたのですが、そのころは3食栄養士に管理された大学の学食を食べていたので、体脂肪を落としながら体重を増やすことができていました。ただ、体脂肪率を毎週測っていていると都度変動があるので、そこにビクビクしていていましたね。たとえば、体脂肪が少しでも増えているとトレーナーに怒られる。普段は栄養士にコントロールされている食事を食べているのですが、オフの日に彼氏と遊んで好きなものを食べると太ってしまうんですよね、いつもと違うルーティンをすることに怯えて、帰宅した後や帰り道のトイレで吐いたりしていました。それは東京オリンピックが終わった後も続いていました。

東京オリンピックの後は特に会食が多くて栄養のバランスが偏ったり、YouTuberが動画で食べていたカップラーメンがものすごくおいしそうに見えて食べたり、マックを食べたり…。これまでは口にすることがなかったもの、我慢していたものが食べたくなってしまったんですよね。「過食しても吐いたらいいじゃん」と思っていたこともありました。

── その症状は今も続いているんですか。

植草さん:過食嘔吐は一種の病気だと思うので、そうならないよう注意しています。どうしても食べたいときは3食バランスのいい食事を摂ることを心がけつつ、口にするものも糖分や塩分、脂肪分が多いものは控えたり、お鍋を食べて野菜を摂るようにしていました。

── 現在、プラスサイズモデルとしても活動されています。何がきっかけで始めたのでしょうか。

植草さん:東京オリンピックの前からいろいろなことがあってメンタルのバランスを崩していたんですが、オリンピックで7位に終わって完全に心が壊れてしまって。このままではダメだなと思っていたときに海外に行く機会があったんです。それまでは試合があるからと海外のものは基本的に食べなかったんです。でもオリンピックも終わったから、人から勧められたものはなんでも食べるようにしていたら「ご飯っておいしい!」「楽しい」と気づいて。練習量も落ちていたので着々と太っていったんです。

当時は恋愛も辞めていたのでひとりでいる時間が長く、好きなものを好きなタイミングで食べられる。体型や髪型、服装も気にしなくていいことに幸せを感じてしまったんですよね。そのうちおしゃれもだんだんしなくなってしまって。太ってしまい持っていた洋服が着られなくなったことがショックで洋服も買わなくなってしまいました。そんな自分が嫌だなと思いながらも、なかなか元には戻れず、もどかしかったです。

── そこからプラスサイズモデルにはどのようにつながっていったのでしょうか。

植草さん:空手をやめるかやめないか悩んでいたときに、知人から「プライサイズモデルっていう仕事があるけど知ってる?」と『la farfa(ラ・ファーファ)』を見せてもらって。かわいい洋服がたくさん載っていて、モデルさんもキラキラ輝いていて。それを見て「もう1度おしゃれがしたい」「今の自分を好きになりたい」と思ったんです。それでスマホから応募して、書類審査と面接を経て合格。モデルという新たな挑戦をすることになったんです。

── プラスサイズモデルに起用されて注目を集めることに抵抗はありませんでしたか。

植草さん:体重やスリーサイズが公開されるのは恥ずかしいですし、実際に「太ったね」とか「もっと痩せろよ」「痩せていたときのほうがかわいかったよ」と言ってきた人はいます。「昔はもっときれいだったのに」とか。そういった言葉に「自分がいちばん知ってるよ」とか「その言葉はセクハラですよ」と返すことはあります。もちろん痩せたいとは思いますし、若いころの自分に戻れたらと思いますけど、そんな簡単なことじゃないですからね。今は太っていようが痩せていようが、自分は自分だし以前と変わらない。それは自信をもって言いたいと思っています。

── 初めての撮影のことは覚えていますか?

植草さん:やっぱり緊張しましたね。空手の世界にいると顔見知りが多く、自分のことを知っている人は多いけれど、プラスサイズモデル界では新参者。「植草です、よろしくお願いします!」とまずはほかのモデルさんのところへ挨拶に行きました。

撮影のときも、空手ならどういうポーズが美しくて、どういう動きがカッコイイかはわかるんですけど、モデルのポージングがまったくわからなくて最初は戸惑いました。だから周りの方のポージングを真似るところから始めて。まだまだ今も勉強中です。

── モデルに挑戦して半年ほど経ちますが慣れてきましたか?

植草さん:いまだに恥ずかしいと思うことはありますし、モデルとしての写真を見て「かわいい」と言われることに歯がゆさも感じます。でも普段着ないような洋服を着たり、髪型や化粧をしていただくのはやっぱり楽しい。現役時代に勝つことで満たされていた欲求に近いものがあると思います。一時期は心が病んでおしゃれがしたいと思わなかったり、自分の写真をSNSにアップする気力もなくなりルーズな生活が楽しくなってしまっていたけれど、そんな自分を救い出してくれたのは、間違いなくプラスサイズモデルへの挑戦でした。いつまでも世界チャンピオンの植草歩、オリンピアンの植草歩ではいられない。未来を築き上げていくためにも、新しい世界に足を踏み入れることは大切なことだし、必然だったなと今は思っています。

── モデルという新たな挑戦真っただ中ですが、その決断にもつながった気づきや価値観を変えるような体験、きっかけはあったのでしょうか。

植草さん:実は現役時代の2022年の2月ごろに、1か月ほどアメリカでホームステイしたことがありました。空手のセミナーで渡米したのですが、そのときに知り合った現地の道場の女性との出会いは新たな気づきになりましたね。食事をするときに彼女から「アユミは何を食べたい?」と聞かれて、私は「あなたのオススメを」って答えたんです。そしたら「私はアユミが何をしたいのか聞いているの」と言われて。「わかんない」と答えたらダメ出しされました(笑)。それまであまり自分のやりたいことを考えたことがなかったんです。それまでの自分はすごく受動的だったし、周りから求められるものに応えようとばかりしていたんだなって気づいたんです。だからそうやって改めて聞かれて、自分がどうしたいのか、何をしたいのかを真剣に考えるようになりました。

── モデル・植草歩としてはいかがでしょうか。

植草さん:モデルの道を進むなかで心に響いたのは渡辺直美さんの存在です。自分を堂々と表現している姿に感銘を受けましたし、彼女の姿を見て、自分自身をもっと大切にしようと思いました。自分の体形や外見を誇りに思ってポジティブに生きる姿を発信し続けている姿からはパワーをいただいています。私も海外で空手の指導を行ったりすることがありますが、国や宗教によっては人種差別や男尊女卑が強く残っていると感じたことも多々ありました。そこで私も言葉で伝えて行けるような人間になりたいですね。

参照元:Yahoo!ニュース