「ホワイトすぎるので辞めます」残業ゼロ・怒られない なのに不安で辞める若手たち

「ホワイトすぎて若手がやめてしまう」という問題を考察する。
企業の人事担当者から聞く声で最近増えているのが「こんなにホワイトな職場なのに、若手社員が辞めてしまう」という悩み。
驚くべきことに、残業規制が厳しく、福利厚生も充実している会社でさえ、若手の早期離職に頭を悩ませている。
離職のタイミングは入社後3カ月あたり(4月に入社した場合は7月)が最初のピークとなっている。
これは「モチベーションのJカーブ」と呼ばれる現象で、入社直後は高かったモチベーションが急落し、その後徐々に回復していくというパターンを示している。
かつては「五月病」と呼ばれていたが、最近では「六月病」という言葉も出てきた。
六月は唯一祝日がなく、連休後の疲れが出やすい時期であり、この頃から「退職」を考え始めるケースが増えていく。
なぜこんなにも早い時期に離職するのだろうか。
彼らが退職理由として挙がるのが「ホワイトすぎる」というものだ。
一見矛盾しているように思えるが、実はこれが現代の若手社員の心理を表している。
これをただの若者のわがままと片付けることはできない。
確かに、近年では政府主導の「働き方改革」が進み、残業時間の削減や有給休暇の取得促進など、労働環境の改善が進んでいる。
実際のデータを見ても、新入社員の残業時間は年々確実に減少している。
企業側もコンプライアンスを意識し、ブラック企業と呼ばれることを恐れて労働環境の改善に取り組んでいる。
働き方改革の目論見は、過酷な労働環境の改善によって「ブラック化」を抑制し、ワークライフバランスを実現することにあった。
企業にとっても従業員の定着率を上げるというWin-Winの関係を作ることだった。
しかし、離職率は改善されていない。
厚生労働省が発表した過去10年間のデータを見ると、特に大企業における早期離職率は増加傾向にある。
これは驚くべき現象と言えるだろう。
仕事の負荷は昔より明らかに下がっているのに、離職状況は改善されていない、むしろ高まっている。
この現象は一見すると矛盾しているように思える。
従来の常識では、過酷な労働環境が離職の主な原因と考えられてきた。
実際、かつては「忙しすぎる」「残業で全く家に帰れない」といった労働負荷の高さが退職理由の上位を占めていた。
ところが近年では、「この会社でいいのかな」「このままでいいのだろうか」というキャリアに対する漠然とした不安や焦りが、離職の大きな要因となっている。
企業側も対応に苦慮している。
残業時間を減らせと言いながら、高い負荷をかけたらパワハラになるという恐れから、腫れ物を触るようにマネジメントをしなければならない状況だ。
その結果、新人社員に対して「芯を食った指導」ができない、言うべきことをはっきり言えないという事態が生じている。
残業時間は確かに減ったものの、若手社員の成長に対する不安は晴れず、それが「びっくり退職」につながっている。
上司や先輩からすれば「こんなにホワイトな会社なのに辞めるの?」と驚きの声が上がるわけだ。
このように、労働環境の改善だけでは若手の定着には繋がらないという、新たな課題が浮き彫りになっている。
私がこの現象の根本原因と考えているのは、若者の仕事に対する価値観の変化だ。
というのも、勤務先の大学で毎年約200人の学生にキャリアや仕事に関するアンケートを取った結果、Z世代と呼ばれる若者たちの新しい価値観が見えてきた。
彼らは「将来が見通しづらい今の社会では、もはや一度入ったら絶対に安泰な会社なんてない」と考えている。
代わりに「自分の成長」こそが真の安定に繋がると信じている。
これは、専門的には、「エンプロイアビリティ(雇用されうる能力)を高めること」が彼らの心の安定に繋がっていると説明することができる。
かつては誰もが知る大企業に就職したり、地方自治体の職員や教師など公務員になったりすることは「絶対安泰」と思われていた。
しかし今や、そのような「所属先に安定を求める」価値観は崩れつつある。
代わりに「よって立つもの」が自分自身になったのだ。
これを私は「キャリアコンシャス(キャリア意識の高さ)」と呼んでいる。
実際のデータを見ても、「自律的にキャリアを形成していく」という意識や行動は20代が最も高く、年齢が上がるにつれて低下していく。
これはパーソルのキャリア自律度調査でも男女ともに同じ傾向が見られる。
新卒学生の企業選びの軸を調査した結果でも、「自分が成長できそうか」という項目が毎年上位にランクインしている。
これは、社会不安が多い世の中(地震、テロ、不景気など)で育ち、SNSなどで情報が常に流れる環境にあることが、キャリアに対する意識の高さに影響していると考えられる。
また、今の若者は「ソーシャルネイティブ」です。
消費者庁の調査によれば、15〜29歳では95%がSNSを利用していて、約80%は1日1時間以上利用している。
複数のアカウントを使い分け、直接会ったことのない人とやり取りする中で、同世代間での自分の位置づけが可視化され、自信を失いやすくなっている。
ただし、彼らの「成長したい」という思いは漠然としたものであることが多いようだ。
具体的なキャリアイメージを持っている若者はほとんどいない。
その漠然とした不安が「成長」という言葉に集約されている。
しかし、これを単に「若者が甘い」と責めるべきではない。
時代背景を考える必要がある。
かつては将来が見通しやすく、「この会社で30年いたら退職金がいくらもらえる」「何歳でマイホームが買える」といった予測が立てやすい社会だった。
対して今の若者はコロナも経験し、不確実で曖昧な社会で思春期を過ごしてきた。
今の若者は絶対的な正解がない、「価値相対主義」的な社会で生きており、多様な生き方が認められる反面、何を選んでもよいとなると、何を根拠に選んでよいかがわからなくなり、自分のキャリアについてより丁寧なガイドを必要としている。
だからこそ、ホワイトな職場で「緩い」仕事を与えられるだけで放置されていると、成長できないのではないかという不安が募る。
そこに追い打ちをかけるのが、ホワイトな職場の「肩透かしリアリティショック」という新しいタイプのギャップだ。
「研修のときより緩い」「全然マネジメントしてくれない」という声が辞める若手から聞かれる。
これは「リアリティショック」と呼ばれる現象で、入社前の期待と入社後の現実のギャップに起因している。
パーソル研究所の調査によると、社会人1年目から3年目の人たちの約76%が「こんなはずじゃなかった」と感じている。
これまでのリアリティショックは入ってみたら、仕事がきつかったというショックが主流だったが、「肩透かしリアリティショック」は、「厳しい環境を覚悟したのに、実際は思った以上に緩かった」という。
成長意欲の高い若手層が「この会社で思いっきり働いて成長したい」と意気込んで入社したにもかかわらず、残業規制などの影響で、企業側がその期待に応えられないという状況が生まれている。
結果として会社が「自己成長が見込めない職場」という烙印を押されて、早期離職に繋がってしまう。
このような現象は特に大企業や有名企業で起きやすく、企業側も対応に苦慮している。
「頑張れ」と言いながら「残業するな」というメッセージの矛盾に、若手は混乱し失望している。
コンプライアンスの厳しい現代では、上司も新人に対して及び腰のマネジメントをしがちだ。
パワハラと疑われることを恐れ、新人が「今一番できる仕事」にアサインしようとする傾向がある。
しかし、新人自身にとっては既にできる仕事からは学ぶことがなく、それは次第に「こなし仕事」となり、成長感を感じられない。
一方で、自宅や通勤途中でSNSを見ると、同期や元同級生が「リーダーに任命された」「大きな仕事を任された」「MVPを取った」などの情報が流れてくる。
努力の過程は見えず結果だけが表示されるSNSの特性も相まって、自分の現状に対する不安と焦りが増幅されていく。
ある新卒社員は「私の仕事はエクセルを開いて閉じて送り返すだけ」と表現した。
有名な伝統企業のグループであるIT企業に入社したものの、大手企業ゆえの残業規制やコンプライアンスの厳しさから、上司が厳しい経験をアサインしてくれない。
結果として物足りなさを感じ、他社の同期のSNS投稿を見て焦り、転職してしまった。
このように、ホワイト企業の「優しすぎる」環境が、成長を渇望する若手社員の期待を裏切り、早期離職につながるという逆説的な現象が起きているのだ。
「今は楽だけど、本当はもっと挑戦したい。でも気を遣われてアサインされない」という不安が、彼らを離職へと駆り立てている。
今回はホワイト職場で離職が起きる背景と原因をお話した。
次回はそれに対する効果的な対処方法をお伝えする。
最近入社してから悩んでいる方、また若手をマネジメントする立場の方にも役立つ内容をお届けする。
参照元:Yahoo!ニュース