「この職場にいたくない」東証プライム上場企業で2年目の新入社員が自死 繰り返された“強い叱責”に遺族らが損害賠償求め提訴

炭素製品大手の「日本カーボン」(東京中央区)で働いていた男性社員(当時25歳)が、上司から達成が困難なノルマを課され、強い叱責を受けたことが原因で自殺したとして、遺族らは30日、同社らに対し慰謝料などの損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。
すでに滋賀県の東近江労働基準監督署は、本件について昨年4月に労災を認定している。
同日、代理人弁護士らが都内で会見を開き、労災認定から1年を経ての提訴について、「日本カーボンに対し(裁判外で)交渉していたが、会社は『パワハラもなく、業務上の心理的負荷もなかった』とけんもほろろで、やむなく訴訟を提起した」と説明した。
訴状などによれば、男性は有名理系私立大学の大学院を卒業し、2019年に東証プライム上場した「日本カーボン」に入社した。
約半年の研修を経て、滋賀県内の研究所に研究員として配属。
リチウムイオン電池の研究開発などを担った。
業務上任されていた研究は、男性が大学院で研究していたものとは異なる未経験の分野だった。
しかし、毎月提出が求められていた研究の進捗(しんちょく)レポートについて、上司から具体的な指示がないまま「お前は使えないね」「お前の考察は信用できない」などと繰り返し再提出を求められたという。
さらに、進捗レポートを用いて月に一度行われる社内幹部らに向けた研究報告会の直前にも、「今から全部やり直せ」「これなら派遣(社員)でいい」などと厳しい叱責を受けたとされる。
また、同じ上司から時には無視されたり、身体的な特徴を「気持ち悪い」と言われたりすることもあったという。
男性は配属から2か月後には、人事課の社員らに「精神的につらい」として、研究所内でのフォロー体制のなさをメールや電話で相談。
また、翌年(2020年)11月には家族にも「会社を辞めたい」と電話し、精神科も受診していた。
日本カーボン側は、同11月頃、男性の研究テーマを変更。
上司を変え、研究所内の席を入れ替えるなど、男性と叱責をしていた上司を離すための配置転換措置をとった。
しかし、もともと隣同士だった席が、パソコンを挟んだ正面に変更されただけだったという。
男性は年末にも同僚に「この職場にいたくない」などとこぼしていたといい、2021年1月に社宅で自ら命を絶った。
遺書には「ごめんなさい」「もうつらいです。さようなら」と記されていた。
遺族からの労災申請を受けた東近江労働基準監督署は、調査の結果、昨年4月「男性は強い心理的負荷によって精神障害を発症し、自殺した」と認定した。
労基署は、レポートの再提出を繰り返し求めた上司の言動について、パワハラには至らないとしつつも「入社1~2年目には達成が困難なノルマで、上司の発言は言葉尻が厳しく、経験が浅い労働者にとっては強い叱責に当たる」と判断した。
訴状によれば、叱責をしていた上司も、労基署の調査に対し、頻度は少ないとしつつ「わけわからん。やり直し」「そんな実験するのわけわからんから、考え直せ」といった発言をしたことは認めたという。
労災の認定からおよそ1年。
遺族らは会社と叱責をしていた上司に対し、慰謝料など損害賠償計約9000万円を求め提訴に踏み切った。
遺族の代理人を務める和泉貴士弁護士は、本件について「若年労働者、しかも研究者の事案であるという点が特徴的だ」と述べた上で、「他のケースを見ても、研究者の労働環境は劣悪なケースが多いという印象がある。本件訴訟を通じ、社会的に研究者の労働環境についても関心が集まってほしい」と語った。
同代理人の生越(おごし)照幸弁護士は、労働基準監督署が、業務上の強い叱責や上司とのトラブルによる心理的負荷は認めながらも「パワハラには至らない」と判断したことについて、以下のように説明、反論した。
「『パワハラ』と『上司とのトラブル』の差は業務指導の範囲内かどうかだ。労基署は、あくまで“業務指導の範囲内”で強い叱責が行われ、それが男性にとって心理的負担になったと評価し、労災を認定した。
しかし私たちは、具体的な指示もせずに、何度もしつこくレポートの再提出を求めるのは過大な要求であり、社会通念上も相当ではなく『パワハラ』に当たると考えている」
さらに和泉弁護士が「労基署は、人格否定を目的とした叱責ではないからパワハラには当たらないとも言っていた」と補足。
その上で、「加害者の“目的”を問いはじめたらパワハラは成立しない。労基署も苦しい言い訳だとわかっているのではないか」と指摘した。
また、会社側が男性の配置転換などの措置を取った点については、生越弁護士が「対応が遅すぎる」と指摘。
『電通過労自殺事件』(※1)の最高裁判決の基準を示した上で、以下のように述べた。
「会社側が負う注意義務は、労働者に『客観的に見て過重な負担』がかかっている場合に解消することが目的であり、病気になった時点で、『過重な負担』の“結果”が発生してしまっている。本来は、男性が心身の健康を損なう前に配置転換などの対応が行われる必要があったはずだ。また、隣の席から正面の席に移動しただけで、どんな効果があるというのか。被告側は配置転換の措置はとったと主張するだろうが、こちらとしては、措置は時期的にも遅く、男性の心理的負荷を解消するという意味でも不十分な内容だったと反論したい」
※1『電通過労自殺事件』最高裁判決で示された使用者の注意義務の内容(最高裁平成12年(2000年)3月24日判決) 〈使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。〉
男性の遺族は、代理人を通じて以下のようにコメントを寄せた。
「今思えば、息子が悲痛な思いで電話を掛けてきた時、仕事なんかどうでもいいから帰っておいで、と何故言えなかったのだろう、と常に悔やんでしまいます。叶うなら時計の針を巻き戻して、あの刹那に戻りたいと今でも、いつでも考えてしまいます。生きていれば今年で三十歳になる息子と酒を酌み交わしながら話がしたい、どんな大人に成長したのか、いずれは孫の顔だって見たいと思っていました。人の命は、何か物やお金で相殺や弁済が出来るものではありません。息子の身代わりになるものはないのです。心の拠り所を失った私や妻、彼の弟たちも、心から安らげる日は二度と訪れてはくれそうにありません。子供を亡くした事で何より辛いのは、この苦しみと悲しみはいつか突然に消える訳ではなく、私ども夫婦が命絶えるまで続くという事です。只でさえ人手不足、働き手不足と叫ばれる昨今、ようやく社会に進出し、本来なら重宝しなければならない若者を寛容するどころか、個人の都合や権益、エゴイズムだけで葬っていい訳がありません。そんな世の中を多少なりとも変える事が出来れば、と私どもは声を上げたのです」
本件について、日本カーボンは弁護士JPニュース編集部の問い合わせに対し「回答は控えさせていただきます」(担当者)とした。
参照元:Yahoo!ニュース