「女性は採用してもどうせ辞める」「社内清掃は女性の仕事」 今も根強いアンコンシャスバイアス 解消を目指す石破首相お膝元の鳥取県、行政主導の聞き取りに当事者が求める心構えとは

鳥取市の企業に勤めていた藤原明里さん(25)=仮名=は、学生時代に友人から聞かされた悩みをよく覚えている。
就職先を鳥取県内外どちらにするか、迷っていた友人が話していたのはこんな内容だった。
「採用段階で『女性はどうせ辞める』と想定している県内企業が多く、長く働くビジョンが見えない」
女性や若者が生きづらさを感じる要因として「アンコンシャスバイアス」が注目されるようになった。
「無意識の思い込みや偏見」と訳される言葉だ。
「看護師は女性」「単身赴任は夫」といった、性別に基づく役割分担もその一つに挙げられる。
石破茂首相は1月の施政方針演説で、働きやすく魅力ある職場づくりを進めるにはこれらの解消が必要だと訴えた。
「お膝元」の鳥取県は、女性や若者が働く現場で県民の声を聞き、課題を探ろうとしている。
これにより「女性に魅力ある鳥取」を目指す方針だ。
行政主導の取り組みは実を結ぶのか。
当事者が求めたのはある「心構え」だった。
鳥取県西部の米子市出身で県外の大学に進んだ藤原さんは、性別による不平等がない点に重きを置き、長期のインターンシップで働き口を見極めた末、県内で就職した。
ただ、藤原さんのようなケースはまだ多いとはいえない。
悩みを打ち明けてきた友人は、働きたい業種や職種を重視し、最終的に東京で就職する道を選んだ。
藤原さんは就職後も、地方に根強い「性差の壁」を実感した。
鳥取県内で働く女性の異業種交流会に参加した時に、こんな話を聞いたからだ。
「人事権があるのは男性ばかり。違和感を覚えても意見しづらい」
「『社内清掃は女性の仕事』という暗黙の役割分担がある」
いずれも、首都圏や大阪に出た友人の口からは出ないような内容だった。
地方の息苦しさが要因ではないものの、藤原さん自身も大学卒業から2年勤めた会社を辞め、今年春からは東京で働いている。
そんな藤原さんも、年長者にかけられた言葉で引っかかりを覚えたことがある。
「不快な言動に接したとき、嫌なら嫌だと言っていいんだよ」。
思いやりゆえの呼びかけだとは分かった。
ただ、すぐに「嫌です」と言える自信は正直なかった。
藤原さんは振り返る。
「考え方の前提が違いすぎると、何か起きても驚きが勝って『自分が間違っているかも』と思ってしまう」。
相手によってはギャップがそれだけ大きいと感じていた。
だからこそ「アンコンシャスバイアスを解消する」という、政府による取り組みの意義は理解する。
鳥取県は2025年度に、男女共同参画に関わる部署を再編して「男女協働未来創造本部」を新設した。
取り組みの核となるのは、県内企業や自治会での聞き取りだ。
女性の活躍を阻んでいる要因や「生きづらさ」の根拠を探り出し、解決するためにはどんな施策が必要か検討して実践につなげる。
職員が繰り返し出向いて「生の声」を聞く。
施策の効果を検証し、さらに聞き取りを重ねてより良い施策へと改善していく、そのサイクルをイメージしている。
これ以外にも、出前授業や「気付き」を促すセミナーの開催、「女子は文系」といった偏見解消につながるイベントの実施を予定する。
藤原さんはこうした動きを歓迎すると同時に、不安も明かす。
「急に話せと言われても、話したことによる悪影響を考えてできない人もいるはず」。
意見がないのは「問題がない」ことを意味しているわけではない、と強調する。
幅広い属性の人から「本音」を引き出すため、藤原さんは県にこんなことを求めたいと言葉を継いだ。
「覚悟をもって聞いてほしい」。
藤原さんにとっては、取材に応じるだけでも職場内外にハレーションを生むリスクがある。
仮名が精いっぱいだったとはいえ、自身も覚悟をもって取材に応じた。
鳥取県が新設した「男女協働未来創造本部」は、4月1日に発足した。
旗振り役となる本部長に就いた女性は山本雅美さん。
男性が多い土木や建設に関わる部署で長年勤務し、直前は人事委員会事務局長だった。
式典後、記者団に向けてこんな発言があった。
「人口減少社会では、子どもを産むのは一番の社会貢献ではないかと思っている」。
さらに続けた。「適性や能力を見て、『女性だから』ではなくその人を見て、働き続けられるように、育児休暇取得がデメリットにならないように配慮をお願いしたい」
子どもが、人口が増えないことには社会が成り立たない、そうした危機感から口をついて出た言葉だった。
社会に貢献しているからこそ、子育てとの両立を目指す女性が働きやすい環境の整備が必要だ、という文脈だったが、直後に「一番の社会貢献」は自ら訂正した。
本部長の山本さん自身にすら「思い込み」といえる考え方がひそんでいると示す一幕だった。
式典の場には、鳥取県倉吉市の建設会社取締役、井中玉枝さん(67)がいた。
地方創生を目的に県が設置した「県民会議」のメンバーで、人口減少対策に知恵を絞る。
その立場から、本部長の発言を複雑な思いで受け止めた。
「子供を持つ、持たないにはいろいろな事情がある。他人が『子供を産んで』と言うことはおかしい。そういうことを言われると、違和感を抱く若い人は多いと思う」
井中さんは、山本さんの発言は「本音」だろうと考える。
人口減に歯止めをかけたい行政が呼び込みたいのは「子どもを産む若い女性」だと思うからだ。
そうだとしても、Uターンや移住につなげるために重要なアピールは他にあると考える。
「土地に根付いて人生を全うする、穏やかに暮らしていく」という実践例だ。
井中さんは続ける。
「自分自身にもアンコンシャスバイアスはある。急に考え方を変えるのは難しいが、意見を出し合ってちょっとずつ考え方をすりあわせ、社会をつくっていくべきだと思う」。
そのためには、組織や会議のメンバー中、最低3割を女性とすることが必要だと考えている。
獣医学を専攻していた学生時代、1クラス40人中、女性は10人いた。
一つ上の学年が数人だったのに比べると、性別に関係なく意見し合える居心地の良さがあった。
自身が選ばれた鳥取県の県民会議は、約30人の出席者中、女性はわずか3人。
まずはこうした環境を変えていくところからだと思い定めている。
政府が実施する調査からも、アンコンシャスバイアスの実態は少しずつ明らかになってきている。
内閣府男女共同参画局による「性別による無意識の思い込みに関する調査研究」。
最新の実施は2022年度で、全国の20~60代の男女計約1万1千人に対し、「性別役割意識」の有無や、自身の経験談についてインターネット上で尋ねた。
性別役割意識とは、性別だけを理由にした固定的な役割分担意識のことで「女性に理系の進路は向いていない」といったものが当てはまる。
性別に基づく役割について「直接言われた」「言動や態度から感じた」と答えた比率を、設問の平均で男女別に算出したところ、男性が20.7%だったのに対し、女性は26.5%とやや高い数字が出た。
経験談を尋ねる項目では「お茶くみや配膳は女性がした方がいいと上司から言われた」(30代女性)「ミスをした男性を注意したら『女性はすぐ感情的になるよね』と逆ギレされた」(20代女性)といった回答が並んだ。
都市部より地方の方が、そうした場面に遭遇しやすい傾向も見て取れる。
女性のうち「集まりでのお茶入れや準備は女性がする」を経験した割合は、地方から都市部に移った人だと29.4%。
これに対し、地方から出たい意思はあったものの、残った人だと44.5%と、経験した割合は顕著に高くなった。
経験談は女性のものばかりではない。
「男なら家庭を持って一人前だと言われた」(30代男性)「男性職員は稼がないといけないので休日出勤するようにと、上司に言われた」(20代男性)…。
価値観が多様化する中でも、固定的な考え方に接する機会は少なくない状況が浮かび上がる。
企業や学校などでアンコンシャスバイアスについて講演、研修を行っている「アンコンシャスバイアス研究所」理事の太田博子さんは、無意識の思い込みについてこう説明する。
「性別や年齢、国籍を問わず、誰もが持ちうるものだ。相手だけでなく自分に対して無意識に思い込むことで、誰かを傷つけたり、自分の可能性を狭めたりすることになるかもしれない」。
無意識であるからこそ、自分を知らず知らずのうちに縛っている可能性がある、ということになる。
では、どのようにすれば解消できるのか。
太田さんはポイントとしてこんなことを挙げた。
「『普通はこうだ』『どうせ無理だ』といった、決めつけた言動に注意すること。『頭ごなしに決めつけていないだろうか』と、自分の言動を振り返ることも必要だ」
参照元:Yahoo!ニュース