クロスワードパズルは本当に脳にいいのか、認知症を防ぐ実力は?研究が示す効果と限界

高齢になってもさえた頭を保つには?と聞かれたら、クロスワードパズルをやると答える人は少なくないだろう。
数独や単語探しなどを含め、こうしたパズルは長年にわたり、脳の「運動」だと考えられてきた。
実際、2020年に学術誌「Frontiers in Human Neuroscience」に掲載された研究では、脳のトレーニング効果や認知機能の向上を期待して、この種のパズルが特によく用いられていることがわかる。
しかし専門家によると、クロスワードパズルと認知機能の関連性は、一般に考えられているほど単純ではないという。
たとえば、米ハッケンサック大学医療センターの精神医学部長であるゲーリー・スモール氏は、パズル好きの家庭で育ち、自身も熱心にパズルに取り組んでいる。にもかかわらず、専門家としては認知機能を保つのにパズルがそれほど効果的だとは考えていないという。
「私の考えでは、神経回路を活性化して脳を鍛えるには、『スイートスポット』を見つける必要があります」
この考え方は、体の運動でよく言われる「使わなければ衰える」という原則と一面では一致する。
筋肉を強く保つには運動が必要であるように、定期的にクロスワードに取り組むことは脳のトレーニングになり、その機能を支える手段になり得る。
だがその一方で、スイートスポット、つまり「ちょうどよい難しさ」がネックになる。
神経科学に関わることは何でもそうだが、やはり話は単純ではない。
2022年に医学誌「NEJM Evidence」に発表された研究では、軽度認知障害(MCI)を持つ被験者が12週間にわたってクロスワードパズルを行ったところ、認知機能の改善が見られた。
これは、すでに認知機能の低下が見られる特定のグループでの成果という点で注目に値する。
ただし、改善の程度はわずかだったことに注意が必要だ。
2024年に学術誌「PLOS One」に発表された研究でも、パズルと認知能力との関連が示されている。
9000人以上の生活習慣を調査したところ、パズルをやる頻度は論理的思考能力の最も強い指標であり、また記憶力や言語能力でも強力な指標だと結論づけている(ビデオゲームやボードゲームも同じくらい強い指標だった)。
こうした研究結果は、パズル好きにとって心強いが、ひとつ注意点がある。
パズルと脳の健康との関係は、因果関係ではなく、単なる相関関係に過ぎない可能性があるのだ。
認知症のリスクを下げる手段を専門とする予防神経科医のケリアン・ニオティス氏は、パズルを楽しむ人々は言語性IQ(知能指数)が高い可能性があると指摘する。言語性IQは、認知症リスクの低さと相関している。「高学歴の人は言語性IQも高い傾向にあり、そうした人々は認知症のリスクも低いことがわかっています」
また、たとえパズルに一定の効果があるにせよ、研究からは、脳の健康を保つうえではパズル以外の生活習慣を改善する方がはるかに重要であることがわかっている。
では、脳の健康を保つには何をするのが最善なのだろうか。
医師のピーター・アティア氏は自著『Outlive: The Science and Art of Longevity(長生きする:長寿の科学と技術)』において、運動こそが「最も強力な予防手段」だとし、アルツハイマー病や認知機能低下のリスクを下げるうえで特に効果的だと書いている。
定期的な運動は血糖のコントロールを改善することによって脳に有益な効果をもたらし、脳の血流を増やす。
さらには、学習と記憶にとって重要な脳領域である海馬の体積を増やすことも示されている。
ニオティス氏によると、運動は神経可塑性(脳神経が新しいつながりを作る能力)を高め、健全な認知機能に不可欠なタンパク質である「脳由来神経栄養因子(BDNF)」の生成を促すという。
「運動の微妙なところは、最適な量や種類、頻度について、まだ完全にはわかっていない点です」と氏は言う。
「それでも、有酸素運動に認知機能を高める効果があることは明らかです」。
研究からはまた、運動をしている高齢者は、そうでない人に比べて認知機能が高いことも示されている。
医学誌「ランセット」の委員会が2024年に発表した「認知症の予防、介入、ケア」についての報告書は、人生のさまざまな段階における修正可能なリスク因子を、運動不足を含めて14個特定している。
そこには難聴、外傷性脳損傷(TBI)、高血圧、大量の飲酒、肥満、喫煙、うつ病、社会的孤立、2型糖尿病、大気汚染、高コレステロール、未治療の視力障害、幼少期の教育水準の低さなどが含まれるが、クロスワードパズルへの言及は見当たらない。
では、なぜパズル好きの人は、高齢になっても頭がさえているという印象を世間の人に与えるのだろうか。
ひとつの仮説としては、パズル愛好家はそもそも正しい生活習慣をいくつも実践しているから、というものがある。
パズル好きには教育水準の高い人が多く、また彼らは社会的なつながりを保ったり、体を動かしたりといった、脳の健康にプラスになる習慣を身につけている傾向にある。
この件に関してスモール氏は、脳を常に使っていることで「認知予備能」が養われるためではないかと述べている。
認知予備脳とは、加齢や病気、怪我などの困難に直面しても脳が柔軟に適応し、機能を保つ能力のこと。
脳を鍛える活動を多く行うほど、加齢や認知機能の低下に対してよりよく備えることができる、というわけだ。
スモール氏は、2000年に医学誌「The New England Journal of Medicine」に発表した研究において、軽度の記憶障害を訴える人々に記憶課題を行ってもらい、その最中に脳をスキャンする実験をした。
「その結果、認知症の遺伝的リスクを持つ人々は、同じ課題を解くうえで脳がより多くの活動を必要としていたことがわかりました」と氏は言う。
2年後に被験者を追跡調査したところ、脳がより多くの活動を必要としていた人ほど、認知機能の低下が大きかったことが判明したという。
強固な認知予備能を築いておくことにより、脳が衰えを補おうとする能力は鍛えられるが、最終的には、そうした力も限界を迎えることになる。
つまり、クロスワードパズルは脳を活性化させるのに役立つかもしれないが、それだけに頼るべきではないということだ。
すでにクロスワードをやり慣れている人の場合は、なおさらこの点に気をつける必要がある。
「同じことを繰り返しやるのは、認知予備能や神経可塑性を強化するうえではさほど役に立ちません。すでに新鮮さが失われているからです」とニオティス氏は言う。
クロスワードパズルを解くこと自体に問題があるわけではない。認知能力の向上において無意味なわけでは決してなく、むしろ一定の有益な知的刺激をもたらすという科学的な証拠もある。
しかし、認知症のリスクを効果的に減らすには、十分な運動を続けることをはじめ、多方面からのアプローチが必要となる。
そうした戦略は、たったひとつのパズルよりも、はるかに強力に認知機能の低下を防いでくれる可能性が高い。
参照元:Yahoo!ニュース