「ロシアかトランプか」、欧州エネルギー安全保障に新たなジレンマ

ロシアとアメリカの国旗を撮影した画像

欧州のエネルギー安全保障が、改めて脆弱な状況に置かれている。

ロシアのウクライナ侵攻を受けたエネルギー危機以降、欧州は米国産液化天然ガス(LNG)でロシアからの供給不足を補ってきた。

だがトランプ米大統領が欧州を揺さぶり、エネルギーを貿易交渉の道具として利用するようになったため、米国依存が新たなリスク要因として浮上している。

こうした状況の中、欧州の主要企業の幹部は、ロシア国営の天然ガス企業ガスプロムからのガス輸入を選択肢として考え始めている。

欧州連合(EU)が2027年までにロシアからのエネルギー輸入を停止すると約束していることから、この実現は大きな政策転換を必要とするだろう。

欧州の選択肢は限られている。巨大なLNGの生産能力を持つカタールとの追加のガス供給交渉は停滞し、再生可能エネルギーの導入は進んでいるものの、EUが十分に安全を感じるほどの拡大には至っていない。

フランスのエネルギー事業者エンジー社の副社長、ディディエ・オロ氏は、「ウクライナで合理的な平和が実現すれば、年間600億立方メートル、場合によっては700億立方メートルのガス供給に戻せるだろう」と語った。

仏政府が一部を所有するエンジー社は、かつてロシアのガスプロム社のガスの最大の購入者の一つだった。

オロ氏によれば、ロシアはEUの需要の20ー25%を供給できるが、戦争前の40%からは減少するという。

フランスの石油大手トタルエナジーズのパトリック・プヤンヌ社長は、欧州が米国産ガスに過度に依存することに警鐘を鳴らしている。

「多くのルートを持ち、1つまたは2つに依存しすぎないようにする必要がある」とプヤンヌ氏は語る。

トタルは米国のLNGの大手輸出者であり、ロシアのノヴァテク社からのLNGも販売している。

「欧州は戦争前のようにロシアから1500億立方メートルを輸入することはないだろうが、おそらく700億立方メートル程度はあり得る」と述べた。

原子力発電に力を入れるフランスのエネルギー供給源は、すでに欧州で最も多様化されたものの一つだ。

一方、ドイツはウクライナ戦争まで安価なロシア産ガスに大きく依存していた。

石油化学大手のダウ・ケミカルやシェルの工場が集まるドイツ最大の化学産業集積地の一つであるロイナ化学パークでは、ロシア産ガスの早期復帰を求める声が上がっている。

かつてロシアは、主にノルドストリームパイプラインを通じて、地元の需要の60%を供給していた。

パイプラインは2022年に爆破された。

「我々は深刻な危機にあり、待つことはできない」と、化学パークの運営者であるインフラルイナのマネージングディレクター、クリストフ・ギュンター氏は述べた。

ドイツの化学産業は5四半期連続で雇用を削減しているが、これは数十年ぶりのことだという。

「パイプラインを再開すれば、現在のいかなる補助金プログラムよりも価格を下げることができる」と述べた。

同氏は、多くの同僚がロシア産ガスへの回帰の必要性を認識しているとしつつ、「それはタブーな話題だ」と話した。

2月のドイツ総選挙では有権者のほぼ3分の1がロシア寄りの政党に投票した。

フォルサ研究所が実施した世論調査では、ノルドストリームパイプラインがロシアからバルト海の海底を通って陸地に到達するドイツ東部のメクレンブルク=フォアポンメルン州では、有権者の49%がロシアからのガス供給の復活を望んでいることが分かった。

「ロシア産のガスと安価なエネルギーが必要だ。それがどこから来るかは関係ない」と、ロイナパークにある中規模石油化学メーカー、ロイナ・ハルゼのクラウス・パウル社長は述べた。

「エネルギーコストを抑制しなければならない。ノルドストリーム2が必要だ」

ロシアの石油会社ロスネフチが共同所有し、ドイツ政府の信託管理下にあるシュベット製油所があるブランデンブルク州のダニエル・ケラー経済相は、業界は連邦政府が安価なエネルギーを見つけてくれることを望んでいると述べた。

ケラー氏は「ウクライナに平和が確立されれば、ロシア産原油の輸入や輸送の再開も考えられる」と語った。

米国の天然ガスは昨年、EUの輸入量の16.7%を占め、ノルウェーの33.6%、ロシアの18.8%に次ぐ割合だった。

ウクライナがパイプラインを閉鎖したため、今年のロシアのシェアは10%未満に低下する。

残りの供給は主に、ロシアの天然ガス会社ノヴァテク社からのLNGである。

貿易赤字削減を急ぐトランプ氏の意向を受け、EUは米国の産液化天然ガス(LNG)の購入を増やそうとしている。

EUの貿易委員であるマロシュ・セフコビッチ氏は、「確かに、我々はもっとLNGが必要だ」と述べた。

コロンビア大学の研究者タチアナ・ミトロワ氏は、貿易戦争を受け、欧州では米国産ガスに依存することへの懸念が強まっていると語った。

同氏は、米国のLNGが中立的な商品として見られることが難しくなっており、いずれ地政学的な道具になる可能性があると付け加えた。

グローバルリスクマネジメントのアーネ・ローランド・ラスムセン氏は、貿易戦争が激化すれば、米国がLNG輸出を制限する可能性があるとする。

EUの上級外交官もこれに同意し、「この手段が使用されることを誰も否定できない」と語った。

米国の国内ガス価格が産業やAI(人工知能)の需要で急騰した場合、米国はすべての市場への輸出を制限する可能性があると、INGのウォーレン・パターソン氏は述べた。

2022年、EUは27年までにロシア産ガスの輸入を停止する目標を立てたが、具体的な計画の公表を2回延期している。

複数の欧州企業は、ウクライナ戦争の影響でガス供給が滞ったとしてガスプロムに対して仲裁裁判を申し立てている。

裁判所は独エネルギー大手ユニパーに140億ユーロ(2兆1000億円)、オーストリアのエネルギー企業OMVに2億30万ユーロを支払うようガスプロムに命じた。

独エネルギー企業RWEは20億ユーロを請求、仏エンジーや他の企業は請求額を公表していない。

エンジーのオロ氏は、仲裁による支払い義務を果たすという名目で ウクライナがロシアにガスを送ることを許可し、それがガスプロムとの契約再開の出発点になる可能性があるとする。

「あなた方(ガスプロム)は市場に戻りたいのなら結構だ。だが、仲裁金を支払わないのであれば、我々は新たな契約には署名しない」とオロ氏は立場を説明した。

ウクライナの民間ガス会社DTEKの最高責任者であるマキシム・ティムチェンコ氏は、ロシア産ガスの復活の可能性に懸念を深めている。

米国のLNGをウクライナに輸入し、欧州に輸出することを目指しているからだ。

「ウクライナ人としてコメントするのは難しいが、欧州の政治家は、ロシアと取引することの意味を学んだはずではないか」

参照元:REUTERS(ロイター)