旅行中に息子が忘れた登山靴「大阪から鹿児島まで取りに行くって?」あきれてSNSに愚痴ったら 善意のバトンがつながった

「鹿児島に登山靴忘れた。今から取りに行ってくる」大学生の息子が言った一言に、母は耳を疑った。
大阪府に住む会社員・みむさん(46歳・仮名)。
夫(49)、大学生の長男、高校生の長女、中学生の次男の5人で暮らしている。
3月15日、長男(20)が約1週間の鹿児島旅行から帰ってきた。
帰ってきた早々、冒頭のひと言だ。
大阪から鹿児島まで?今から?靴だけを取りに飛行機で…?
何を言っているんだと信じられず、SNSのThreads(スレッズ)に愚痴半分で書き込んだ。
「長男が1週間の旅行から帰ってきた。少し痩せてワイルドになっている…が臭っ!お風呂入ってないの?電車で乗り合わせた人すみません!風呂に直行や!!
(中略)
コインランドリーに靴忘れたから取りに帰るとか言ってる…相変わらずの不注意。は??鹿児島まで飛行機?! 何言っているか意味分からない」
(みむさんの投稿より一部抜粋)
長男はひいき目かもしれないが、シュッとして体格もいい。
大学では探検部に所属していていて、大きなリュックを背負ってビニール袋を手に、いつもふらりと旅へ行く。
今回は、大学の探検部の後輩と3人で鹿児島へ出かけた。
3月8日に大阪から屋久島に入って、屋久島の九州最高峰・宮之浦岳に登山。
11日に鹿児島市に行き、指宿まで足をのばして砂蒸し温泉へ。
12日に喜界島、13日から奄美大島に行って、15日に大阪に戻ってきた。
「意味がわからん!」母としてつい言葉が強くなってしまうのは、長男が「不注意でなんかぼんやりしている」ところだ。
先日は探検部で雪の青森・八甲田山に行ったあと、スキーのストックを宿に忘れ、送ってもらうはめになった。
探検部なのに身の回りに不注意なのは問題だし、結果として宿の人たちにも迷惑をかけてしまったことが申し訳ない。
そこへ来て今回は鹿児島のコインランドリーだ。
登山靴を忘れて、飛行機で鹿児島まで取りに行くとは…。
登山靴をダシに、鹿児島にもう一度行きたいだけなんじゃないの?
「こんなこと言ってるバカがいるんですけど」という軽い気持ちでThreadsに書き込んだだけだったが、書き込みは思わぬ展開を見せた。
Threadsは短文や写真が投稿できるSNSで、ニールセン デジタルによると国内で約1,735万人の利用者がいるとされる。
みむさんの普段の投稿は4〜5人から「いいね」の反応があるぐらいだったが、この書き込みがなぜか拡散された。
あっという間に「いいね」は100を超え、閲覧数は3万を超えた。
もともと鹿児島のフォロワーはいなかったが、拡散された投稿はその日のうちに鹿児島の人たちにも届いた。
「SNSのAIの気まぐれなんですかね」とみむさんは不思議がる。
拡散された投稿をみて、全然知らない鹿児島の数人から「取りに行きましょうか?」という申し出があった。
SNSでは言葉を発している人がどこの人かも分からないし、実在しているかも分からなくなる時があるが、「SNSのむこうの人たちが突然リアルになった」という。
鹿児島市の在住の会社員・Mさん(54)も、みむさんの投稿を目にした一人だ。
たまたま流れて来た登山靴の投稿を見て「大変だな」と思った。
「鹿児島も広いからどこか分からないけど、近ければ取りに行くけどな」と思って、みむさんあてに「場所を教えてください。取りに行きます」とメッセージを送った。
「取りに行きましょうか?」ではなく、「取りに行きます」。
同様の申し出がいくつかある中で、はっきり言い切ったのはMさんの書き込みだけだった。
みむさんは直感的に「この人、信頼できる」と思った。
コインランドリーは鹿児島市南部の和田で、住所までは分かるが店舗の連絡先は分からなかった。
長男によると、屋久島のあと鹿児島市に移動し、指宿で砂蒸し温泉へ行き、鹿児島市に戻る途中で洗濯物を洗うために立ち寄ったという。
忘れたのは11日で、今が15日でもう5日目だから、まだ靴があるかどうかも分からない。
「無駄足になったら申し訳ないな…」と思いつつ、店舗名と住所を書きこんだ。
コインランドリーの住所を見た鹿児島市のMさん。
和田だったら用事のついでがあったので、翌16日の日中に店舗に向かった。
よく通る国道沿い、マンションの1階にそのコインランドリーはあった。
料金などが書かれたガラスの引き戸を開けて中に入る。
落とし物や忘れ物が入っているカゴを見つけてのぞいて見たが、登山靴はなかった。
「もうないのかな…」と思って振り返ったら、テーブルの角にある白い袋が目に入った。
袋を開けたら黒いカバーが見えて、その奥に登山靴が入っていた。
「あっ、あった。良かった」Mさんはホッとした。
「ありました」とみむさんにメッセージを送り、用を済ませて自宅に帰る途中、晩ご飯の買い物で寄ったスーパーで、無料で持って帰れる段ボール箱の中から、ちょうどいい大きさを見つけた。
帰宅したら、みむさんから住所が書かれたメッセージが届いていた。
梱包を済ませて、どこから送ろうかなと考えていたら、ちょうど郵便局で通販代金の振り込みをするんだったと思い出し、郵便局に向かった。
「よかったよかった。靴を返してあげられる」回収して数時間後、16日夕方には大阪に向けて着払いで登山靴を送った。
Mさんが鹿児島市から送った箱は、翌17日夜には大阪府内のみむさんの自宅に届いた。
あまりに早く届いて、みむさんはびっくりした。
開けるとぴったりの大きさの箱で、丁寧な梱包でさらに驚いた。普段口数が少ない長男も「ありがたいなぁ」と何度も言って、その後、戻ってきた登山靴を丁寧に洗っていた。
わざわざ取りに走り、しっかり梱包し、すぐに送るのがどれだけ大変か。
みむさんはMさんにお礼のメッセージを送り、「ぜひ謝礼をしたいので口座を教えてください」と申し出た。
しかし、Mさんから来たのは意外な返事だった。
「謝礼はいりません。大船渡の山火事で困っている人たちがいます。その人たちのために募金をしてくれたらうれしいです」
メッセージには、大船渡市役所が設けた義援金の受付口座も書かれていた。
みむさんが義援金を振り込んで報告すると、Mさんはとても喜んでくれた。
取材に対し、Mさんは当たり前のように言う「だって、全部“ついで”なんですよ。コインランドリーに行ったのも仕事のついで、箱をとりにスーパーに寄ったのも晩ご飯を買うついで、郵便局に行ったのも通販の代金を振り込むついで。全部“ついで”でやったのに、僕がお礼をもらう筋合いなんてないですよ。僕も鹿児島市がめちゃくちゃになった8.6豪雨災害(93年)で、全国の義援金に助けてもらったから。」
「鹿児島まで旅行に来てくれたのに、嫌な思い出になるとかわいそうでしょう。せっかく来てくれたのならいい思い出にしてほしいし。」
こう話すMさんは、去年直腸がんを患い、一時人工肛門をつけて抗がん剤治療を続けた。
「難しいことはできないけど、何か困っている人がいて、自分ができる範囲のことだったら手伝いたいといつも考えているんです」と言う。
「周りの人のことを考える人なんだと思います。そういう考えの人だから、息子のために走ってくれたんだと思います。」
Mさんに感謝するみむさん。
長男の不注意で鹿児島のひとたちに心配や迷惑をかけ、「自分も反省している」と今回の一件を振り返る。
一方で、SNSでは、鹿児島のひとたちから「取りに行きましょうか」とか「靴が見つかるよう祈っています」という反応だけでなく、「息子さんが旅先に鹿児島を選んでくれてうれしい」といった書き込みが多かったのが印象に残った。
長男も「鹿児島には親切な人が多かった」と言う。
「お世話になったし、いつかみんなで鹿児島へ旅行に行きたいね」家族でそう話している。
そして、「頂いたご恩を、私もいつかきっと誰かに返せますように」と願っている。
参照元:Yahoo!ニュース