「寮もスマホも用意」社長が出所者を採用するワケ 協力雇用主を掲載、異色の「受刑者向け求人誌」に応募殺到

社員70人のうち半分が出所者。全国どの刑務所、少年院にも面接に出向きます―。
建設会社を営む柿島拓也社長は、7年前から採用情報を「受刑者向け求人誌」に掲載。
出所を控える人からの応募は引っ切りなしで、毎週のように各地へ出張している。
今年6月、国は再犯防止を目的に懲役刑にかわる「拘禁刑」を導入。
刑務所は、社会復帰に向けた方策を強化するが、なぜ中小企業の社長が出所者の雇用に力を入れるのか。
話を聞きに行ってみた。
「これが今、来ている応募と内定者の書類です」
東京都板橋区にある「拓実建設」。
柿島社長が事務所の奥から持ってきてくれた。
氏名と刑務所名の書かれたラベルが貼られたクリアファイル。
50人分ぐらいありそうだ。
中には文字がびっしりと書かれた履歴書や手紙が入っていた。
内定者の中には出所が数年後の人もいるという。
「うちで採用NGの前科は放火とクスリ。後は実際に本人と話してみて考えます」
採用基準は、過去の自分や犯罪を起こしたことに対してきちんと向き合えているかどうか。
「仮釈放が欲しかったり、他社への転職希望があったりするなら正直に言ってくれればいい。しばらくして辞めても構わない。もしそうなったとしても、再犯しないと思える人を採用しています」
柿島社長のように、出所者の社会復帰に向け積極的な採用を宣言する企業や経営者は「協力雇用主」と呼ばれる。
その8割が従業員100人未満の中小企業だ。
業種は半数超が建設業で、サービス業、製造業と続く。
出所者受け入れた場合、国の奨励金や公共事業の競争入札で優遇を受けられるといった企業側のメリットもある。
ただ、全国の保護観察所に登録する約2万5000社のうち、実際に出所者を雇用しているのは1000社ほど。
年2万人弱の出所・出院者に対してかなり限られており、大半の人は住む場所や仕事が決まらないまま出所を迎えているのが現状だ。
現在49歳の柿島社長は高校中退後、職を転々としていたが、建設業界に飛び込みそこで働く人たちに惚れ込んだ。
2016年に独立し、拓実建設を創業。
ゼネコンの2次、3次下請けで建物の内装解体や土木工事を手掛けてきた。
柿島社長が協力雇用主になったのは、起業からわずか1年後。
きっかけは「人手不足」だった。
「普通に社員を募集してもなかなか応募が来ない。それなら採用活動の幅を広げてみようと」。
再犯やトラブルを恐れる声も社員から出たが、「やってみないと分からない」と説得した。
採用が決まった人には、出所時に出迎えに行く。
社員寮や家電、スマートフォン、Wi-Fiを用意し、その日から普通の生活を送れるようにした。
月給は平均30万~50万円、重機などの資格取得費用も会社持ちだ。
作業着はおしゃれで人気のブランドを支給し、年末にはおせち料理やビールまで配る。
どうして、ここまでするのか。
「定着してもらうためには居心地の良い環境じゃないと。私自身も性格がひねくれてるけど、彼らはもっとひねくれてるはず。そんな人がちゃんと生活できる環境を整えるのが会社の役割だと思います」
何年も働き現場の主力となる社員がいる。
一方で、突然辞めてしまったり、再犯で逮捕されたりする人もいる。
「そんな時は自分に見る目が無かったな、と思うぐらいです。採用は社長業の一環なので、(協力雇用主であることが)大変だという感覚はあまりありませんね」
拓実建設を訪ねたこの日、昨年入社した若手2人に会った。
私は事件記者だったこともあるが、出所者と話した経験はほとんどない。
「どんな人だろう」と緊張したが、拍子抜けするほど今どきの若者だった。
1人は33歳の浜村亮太さん。
架空の投資話で出資を募った詐欺事件で逮捕され、3年半、刑務所で過ごした。
社会から隔離させられた中で、多くの人に被害や迷惑を掛けたことを反省。
その一方で「地元に帰ったらまた悪縁と付き合ってしまうかも」との不安もあった。
「だから出所者したらよそへ行こうと思っていたけど、現実問題としてどう生活していくのかはなかなか見えませんでした」
刑務作業の工場の休憩所に受刑者向け求人誌があった。
浜村さんは「(待遇などが)良いことばかり書いてあったから半信半疑でしたが、柿島社長と面会してしっかり受け入れてもらえると確信しましたね」。
もう1人は20代の上野清人さん(仮名)。
自動車の交通事件で3年間、受刑した。
「自分も事件を起こすまでの生活や人間関係はメチャクチャ。それを断ち切らないと再犯するんじゃないかと思ってました」
「刑務所は全てのことにルールがあって厳しいけどある意味、守られている環境。出所後は自分で自分を律しなければならないのが難しい」
上野さんもまた、地元へ帰ることはできないと考えていたが、見知らぬ土地での生活にも不安を感じていた。
出所前に採用が決まり「過ちを繰り返さないための具体的な生活が想像できた」という。
2人は建物の解体や駅工事などの現場で、ベテランの指導を受けながら作業に従事。
浜村さんは自身の過去を告げた上で女性と交際し「精神的に支えてもらっている」。
上野さんは最近、サウナにはまっているという。
2人とも、将来は独立し自分の会社を持ちたいという希望も持つ。
多数の出所者を雇用してきた柿島社長。
ただ、ともすれば「加害者支援」だとされ、世間の風当たりはまだまだ強い。
「罪名を聞けば『ひどいことをやったんだな』とも思うし、私が被害者の立場だったら許しがたいことでしょう。でも、彼らは刑期を終え社会に戻ったわけです。社会復帰したら、1人の人間なのだから一生懸命働いて普通に生活するのは当たり前のこと。その中で腹を割って話せることが大事だと思います」
もちろん、被害者の存在を忘れるわけではない。
「被害弁済していくためには、まずはある程度の自立をしなければなりません」。
拓実建設が待遇を手厚くしているのはそういった理由もある。
加えて、希望者は給料の週払いも可能。
金銭絡みのトラブルが起きるリスクを減らすための取り組みなのだという。
柿島社長が犯罪歴のある人と付き合う中で気付いたことがある。
「自分の意思を表現したり人間関係を作ったりするのが苦手な人が多い。悩みや不満を相談できず思い詰めて犯罪に走ってしまう。だから、ここでは現場の上司以外にも相談できる体制を作ったり、少人数の飲み会を開いたり、愚痴を聞けるようにしています」
実は、今年6月1日に、刑務所の「役割」が大きく変わる。
改正刑法の施行により、ニュースでよく目にする「懲役刑」や「禁固刑」は廃止され、「拘禁刑」に一本化。
24のグループ分けで、例えば薬物の「依存症回復」が必要な受刑者には、依存からの脱却を目指す指導を、認知症や身体障害のある「高齢福祉」のグループでは、症状に配慮した対応を行うなど、それぞれの状況に応じて処遇を決められるようになる。
これまでの刑務所は、いわば「受刑者を懲らしめる場」として懲役刑では刑務作業が義務だった。
今後は「更正の場」の側面を強化し、社会復帰に重点を置いた職業訓練や改善指導プログラムも拡充する方針だという。
国がこうした転換をする理由の一つに「再犯の抑止」が挙げられる。
警察庁によると、刑法犯で検挙された人は2005年頃に年40万人近くいたが近年は半減。
一方で、その内訳を見ると再犯者の割合は、高止まりしている。
また、法務省の調査では、出所後に再び刑務所に入った人の7割超が無職だった。
これらのデータから、刑期を終えた人が定職に就けず再び犯罪に手を染めるという実態が浮かび上がる。
つまり今後、犯罪を減らせるかどうかは、出所者の社会復帰に掛かっているのだ。
参照元:Yahoo!ニュース