「朝食はコンビニで」温泉旅館で素泊まりが増加 旅館は困ると思いきや 宿泊客と”ウィンウィンの関係”? 有馬温泉で徹底調査

温泉に入浴している女性をイメージした画像

人気の宿泊先といえば、やっぱり温泉旅館。

ところが今、食事を付けない”素泊まり”を選ぶお客さんが増えている。

1泊2食付きが定番だった温泉旅館で何が起きているのか。

「関西の奥座敷」と呼ばれる有馬温泉でその謎を徹底調査した。

神戸の中心地から電車で約30分。

日本三古泉の一つに数えられ、豊臣秀吉も愛したと言われる有馬温泉。

宿に泊まる人たちに旅のプランを聞いてみると…。

中国地方から来たという中高年4人組:「素泊まりです」

Q:きょうは何を召しがったんですか?

「お好み焼き、鉄板焼き」

Q:どうして夕食を外で食べることに?

「温泉街を歩きながら何か美味しいものを食べたいっていうのと、食べに行った方が安い」

Q:4人で夕食代はいくらぐらい?

「1万3千円。お酒も飲んで、いろいろ食べて。宿で食べると1人1万円くらいはするかな」

Q:素泊まりで朝食がなかったら困りませんか?

「コンビニに行こうかなと」

▼20代の看護師3人組:「食事付きだと高いところが多いから、外で食べる前提で宿をとった」

Q:食事は外で良いか、3人で確認はありましたか?

「言ってない。あえて確認まではしてない」

「温泉街に行くことが目的。そこでのご飯は重視していなかった」

Q:友達や恋人と旅行するときに、宿で食事を付けますか?

「付けたことない」

「ホテルで食べるより、他のところで食べてそこにしかないものとか、お店や雰囲気を味わいたい」

ということで、和食店で釜めしを楽しんだそうだ。

有馬温泉で20人ほどに街頭インタビューした結果、若い人たちだけでなく、中高年の旅行客でもコスパ重視で「宿で夕食をとらない」という人や、外で食事をして「温泉街の雰囲気を味わいたい」という声があった。

有馬温泉の旅館でも、食事を取らないお客さんがどれくらいいるのか聞いてみた。

1956年開業、6万坪の広大な敷地にロッジや料亭などを抱える「古泉閣」では2023年7月から夕食なし、朝食付きのプランを始めた。

金井宏輔社長によりますと、2024年は約20%の宿泊客が朝食付き、約25%が素泊まりのプランを選んだ。

合わせて約45%が夕食を宿で取らなかったことになる。

2023年までは素泊まり率が15%だったので、わずか1年で”夕食ナシ”のお客さんの割合は3倍に急増している。

価格設定は季節によって変わるが、1泊2食付きは約3万円、朝食付きが約1万7千円。素泊まりは1万から1万5千円ほど。

この価格差が旅館で夕食をとらない主な理由になっている。

食事なしのプランを選ぶ人はインバウンド客が多いのだろうか。

(金井さん)「今は大体45%ぐらいの方が素泊まりと朝食付きプランのインバウンド率。思っていたよりは日本人の利用も多いという印象です。日本人も温泉旅館に対する考え方とか嗜好が変わってきている」

お客さんが宿の外で夕食を食べると温泉旅館にとっては売り上げが減り、経営が苦しくなりそうだが、古泉閣では宿泊客を飲食店まで無料で送迎までしている。

取材日には、香港から来た家族が利用した。

(香港からの観光客)「ここに来るのは初めてだから時間通りに行かないかもしれないし、食事も食べ損ねるかもしれないから」

お客さんにとってはありがたいサービスだが、無料送迎まですると宿で食事を取る人がますます減るおそれはないのだろうか。

(金井さん)「我々としてはいろんなデメリットはあるんですけども、やっぱりお客様に気持ちよく泊まっていただくためには、送迎は出さないといけないという考え方です」

でも、実は「宿で夕食を食べないこと」は、旅館側にとってもメリットがある。

(金井さん)「売り上げは当然下がります。ただ人件費も抑えられますし、利益も少し上がります。従業員が休めるシフトを組んで、休みが取れるということは、すごく我々も重要だと思ってます。やっぱり人手不足なので、かなり少ない人数でシフトを回そうと思うと、休みがどんどん少なくなっていきます。それの対策というのもあって、朝食付きプランに思い切って踏み切れたのはありますね」

旅館やホテル業界は人手不足が常態化している。

2025年1月の帝国データバンクの調査では、旅館・ホテル業の企業で正社員が不足していると回答した割合は60.2%(業界別10位)、非正社員が不足していると回答した割合は50.0%(業界別7位)に達している。

旅館やホテルでは、”夕食ナシ”のプランを売り出すことで、調理や配膳などの人手がかからず、従業員の人繰りに余裕が生まれたり、休みを取りやすくなったりといったプラスの効果が現れている。

1泊2食付きが当たり前だった有馬温泉で、素泊まり限定の宿が生まれている。

有馬温泉のメインストリート湯本坂に面する老舗旅館「上大坊」では、2018年から素泊まり限定の宿「八多屋」を運営している。

8部屋のうち、7部屋は家族やカップル向けで1室2万円ほど。

1部屋だけベッドを置いたシングルルームがあり、1室1万2千円ほど。

こちらはワーケーションにも最適だ。

(上大坊 堂加雅丈代表)「海外の人も2食付きを求めない人も多いですし、(素泊まり限定で)いけると思いました」

部屋に風呂はなく、シャワールームのみ。

その代わり、歩いて1分の場所にある上大坊の温泉に無料で入ることができる。

他の外湯も徒歩圏内にあり、部屋にある浴衣や下駄を身に着けて、温泉街の風情を楽しむこともできる。

全体の稼働率は6〜7割程度で、インバウンド客や若いカップルの利用が多いとのことだ。

有馬温泉では、八多屋のような素泊まり限定の宿がこの10年で新たに5軒ほど生まれた。

背景には、温泉街に“夜の賑わい”が生まれてきたことがある。

(堂加さん)「私らみたいな小さなところ(宿)は街中ですし、部屋だけ提供して、老舗の店いっぱい並んでますから、土産はそこで買ってください、食事も近くに美味しい店があるので食べてくださいと。自由に自分で組み立てられるんじゃないかなと思います」

宿泊と食事。

これまでセットだった2つのサービスを切り分けて提供する考え方は”泊食分離”(はくしょくぶんり)と呼ばれ、旅館業界で徐々に広がっている。

観光協会長の金井啓修さんは、旅館業界で働いて約50年の大ベテラン。

現在は老舗旅館「陶泉 御所坊」の社長だ。

人手不足に悩む旅館業界は、”泊食分離”をどう受け止めているのだろうか。

(金井会長)「例えば100人、お客さんを1泊2食で泊めようとすると、100人従業員が必要。50人は食事出すけど、残り50人は料理出しませんという素泊まりプランで売り出すと、従業員は60人か65人ぐらいで回せる。稼働率は高いけど人手がないという意味で、あえて素泊まりだけにしているというのが有馬の場合は確かなんじゃないかな」

金井会長によると、大阪や神戸から気軽に来られる有馬温泉でも、地元の食事を手軽な価格で楽しみたいという人が多いようだ。

(金井会長)「街の受け入れ態勢や雰囲気が、夕食を外で食べてもいいような温泉街になっているかどうかで、各地の温泉街でだいぶ差が出てきている。街の魅力ができていないと素泊まりの魅力もないということになりますね」

旅館業界にとっては”食事ナシ”のプランを売り出すことは、人手不足でも稼働率を上げる工夫となる。

まさに泊食分離は旅館とお客さんにとって、ウィンウィンなのかもしれない。

参照元:Yahoo!ニュース