〈物価高に抗う競馬場内の立ち食いそば屋〉『馬そば 深大寺』がいまも名物「いか下足天そば」を650円で提供できる理由

立ち食いそばをイメージした画像

この物価高騰の時代の中でも「早い・安い・うまい」を提供し続ける立ち食いそば。

個性豊かな店が多く、それぞれの店舗が自家製のだしやトッピングを工夫している。

東京で屈指の「いか下足天そば」として知られる東京都府中市の人気店「馬そば 深大寺」も窮地に立たされる店のひとつだ。

東京競馬場内に2店舗を構え、いわゆる“競馬メシ”として人気を博している「馬そば 深大寺」。

レースが開催されているシーズン中は、朝から昼過ぎまでずっと行列が途絶えないほどの人気ぶりで、多い日では一日2000食も売り上げるという。

一番人気のメニューは野菜たっぷりの「かき揚げそば」580円(税込み、以下同)。

二番人気は創業当初からある40年以上愛されている伝統メニュー「とりそば」580円。茹でた鶏肉がゴロっとたくさん入っており、その食べやすさも魅力の一つだ。

そして最近、その「とりそば」と同等の人気になってきたというのが「いか下足天そば」650円。

食べ応えバツグンの大ぶりのゲソ天を豪快に二本、熱々のそばの上にのせている。

2024年に放送され、ギャラクシー賞を受賞したドキュメンタリー番組『東京ゲソ天ブルース』(フジテレビ系)で取り上げられたことが人気上昇の理由で、中にはこの「いか下足天そば」を食べるためだけに競馬場までやってくる人もいるほどだ。

同番組にも出演した店主の篠原誠一さんは、「今まではやっぱり競馬ファンがメインでしたけど、先日も夫婦で来られたかたで、きっかけは『テレビだよ』と話していましたね」と、嬉しそうにその影響力を口にする。

だが立ち食いそば業界は今まさに、窮地にさらされている。

原因はやはり物価・原材料費の高騰だ。

「いか下足天そば」は7年前まで500円で、それまで値上げはさほどしていなかったのだが、この数年で何度も値上げをすることになってしまった。

「かき揚げそばなんかは、創業時は400円くらいだったんじゃないですかね。40年前から400円台をずっとキープしていたんですが、ここ3、4年で一気に上がってしまいました。物価高騰の影響を特に受けているのはやっぱり海産物です。ワカメのほか、昆布、かつお節などのだし関係はやっぱり本当にどんどん上がっています。温暖化の影響なのか、素材が取れなくなってきている影響がかなりあると思います中でもゲソはやっぱり世界的に不漁で、もう取れないっていうことでね、今はなかなか揃えるのが大変です。その辺りでは値段はちょっと上げさせていただきました」(篠原誠一さん、以下同)

それでもこの時代に、おいしい外食がお手頃の値段で食べられるのはやはり驚異的だ。

行列が絶えないほどの人気ならば、もっと値上げをしても問題なさそうだが、そこは“立ち食いそば屋”としてのポリシーがあるという。

「競馬場内の飲食店には1000円ぐらいのメニューもあるのですが、やっぱり立ち食いそば屋なので値段は抑えたいんです。ずっとワンコイン以内でやってきてそれができなくなりましたが、少しでもコストをカットして提供しようと思っています」

取材当日は平日ということもあり、競馬場内のすべての飲食店が休業していたが、「馬そば 深大寺」には篠原さんを含めて3名のスタッフが下準備のために出勤。

野菜をカットしたり、牛すじを煮込んだりしていた。

外注に出せばその手間が省けるのだが、コストカットのためにこれらを自ら行なっている。

また昨今は特にコメの値上がりが顕著だが、おにぎりなどのサイドメニューまで値上げをすると、そばとセットにした場合、結構な値段になってしまうため、値上げはせず、ギリギリで耐えている。

「出来合いのものに頼らないのは、味を追求するためでもあります。値段が安いから味もそれなりとは考えたくないんですよね。だしは当日の朝に作るようにして、『立ち食いそば屋にしてはおいしいぞ』という思いで提供しています。ただそんな中で、従業員の生活もありますから、値上げもしていかなければなりません。値上げに対するお客様の反応は、このご時世もあって理解をしてくださっているのか、ありがたいことに反発のような声は上がってきておりません。店のシステム上、なかなか直接お客様と会話することができないのでその気持ちは詳しくわかりませんが、変わらず並んでくださっていることが、応援してくださっている証拠だと受け取っております」

シンプルながらも深い味わいが楽しめる立ち食いそばは、まさに日本の食文化の完成形のひとつだ。

どれだけ時代が変わろうとも、この文化が次の世代までずっと受け継がれていってほしい。

参照元:Yahoo!ニュース