胃がんで死期が迫った50歳代男性 命を救った治験 4年以上たって、がんは消滅

治験をイメージした写真

日本人の2人に1人ががんを経験するといわれている。

がん患者と向き合う医療者は、日常の診療の中で何を思い、感じているのだろうか。

国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の医師らが語る。

今回は、消化管のがんの薬物治療を専門にしている消化管内科長の設楽紘平さんだ。

「治験」と聞いてどのような想像をされるでしょうか?

人体実験のようなもの、研究のためで自分には役に立たない、他の治療法がなくなった時のみ参加できる、プラセボ(偽薬)が怖い、といった印象かもしれません。

これらが全く外れているわけではないですが、未来の治療に挑戦できる機会とも言えます。

がん治療薬の治験は、安全性を確認する最初の段階である第1相、特定のがんに効果を確認する第2相、最善の治療と有望な新しい治療を比較する第3相に分類されます。

第1相試験では、保険診療で受けられる通常の治療を行った後の患者さんが対象となる場合が多いですが、第2相や第3相では、がん治療の最初から参加できることもありますし、プラセボではなく現在の最善の治療に追加して、有望な新しい新薬を使用する場合も多くあります。

例えば、胃がんに対する新しい治療薬である「ゾルベツキシマブ」が2024年3月に承認されましたが、当院では2018年から、この薬の治験を行っており、現在も継続中の患者さんがいます。

他の新薬でも同様のことがあります。

つまり、これらの患者さんは、未来の治療を数年前から受けられていると言えるかもしれません。

治験では、治療の費用がほとんどかからないことも多く、当院に受診される進行期胃がん患者さんの約7割が治験に挑戦しています。

これから治療を行う方も治療中の方も、ご自身やご家族のために治験の選択肢を知っていただき、ぜひいつでもご相談ください。

細分化され件数が増えている治験 新しい治療薬につながる治験の現状について、聞いた。

(聞き手・道丸摩耶)――そもそも、治験とはどのようなことでしょうか。

新薬などの開発をする際に実施される臨床試験のことです。

薬の場合、患者さんに投与して安全性と有効性を確かめるために実施します。

まず、少ない人数で安全性を確認します。

その後、参加者を増やし、多くの患者さんに使っても安全なのかどうかや、治療効果が得られるのかどうかを調べ、実用化を目指します。

前述の第1~3相試験のように様々な段階がありますが、いずれも患者さんに不利益がないことが客観的に議論・確認された上で治験が実施されています。

第1~2相試験では新しい治療にチャレンジすることを前提にご参加いただきますが、第3相試験では現在の最善な治療(標準治療)と新しい治療を比較するために、標準治療+新薬もしくは標準治療+プラセボ(薬の成分が入っていない偽薬)にグループ分けされ、治療を受けることがあります。

この際も通常の標準治療は受けていただけるため、プラセボだけにならないことが最近の治験ではほとんどになってきています。

――治験の数は増えているのでしょうか。

件数は年々増え、中身が細分化されてきています。

私は消化管内科なので、食道、胃、大腸のがんを中心に診ていますが、胃がんの場合、数年前には治験に入る患者さんは3割くらいでした。

最近は、治験の種類が増え、患者さんのおよそ7割が治験に参加されています。

私たちも、ご希望がある場合にはなるべく入っていただけるよう努力しています。

最近の薬は、どのタイプのがんに効果が得られるかという研究をもとに対象者が変わるので、全員が参加できる治験というより、例えば、「胃がんの中のこのタイプのがんの人が参加できる治験」といったふうに変わってきました。

治験そのものの数が増えれば、どの患者さんもどれかに参加できるようになると思います。

――治験が実施された治療薬が、標準治療として使われるようになる例は多いのでしょうか。

そこが一番大事な点ですよね。

「成功確率」という言葉に言い換えてよいと思いますが、私が診ている胃がんや大腸がんの場合、他のがんと比較して高いとは言えません。

第3相試験まで進んだものでも、成功確率はざっくり言うと半分弱くらいでしょうか。

それでも前述のようにがん細胞を調べて、がんの特徴(バイオマーカー)から効果がありそうな患者さんにご参加いただく治験が増えてきており、少しずつ成功確率が上がっていると実感しています。

ただ、うまくいかなかった治験に参加した患者さんの予後がマイナスになることはまれです。

そもそも第1相、第2相で期待されたからこそ第3相をやるのであって、安全性は確認されており、今の治療を続けた場合より悪くなるケースは非常に少ないです。

――患者さんから不安の声はありませんか?

「実績がない治療だから心配」という声はもちろんあります。

その場合は、なぜこの治験が行われるのか、そこに至った経緯を説明します。

第3相であれば期待される効果があり、副作用の情報もかなり集まり、対策も固まってきていますし、製薬企業としっかり連携して行います。

治験においても、通常の保険診療と同様に、がんが大きくなったり体調が悪化したりしたら、その治療はやめて別の治療を検討します。

副作用がつらければ、抗がん剤の量を少なくしたり延期したりもできます。

この点は、保険診療でも治験でも変わりません。

また、治験に参加した場合は今の標準治療よりも上を目指した治療を受けていただくにもかかわらず、医療費がかからないこともあることを説明すると、驚かれることが多いです。

―「未来の治療を先取り」できた印象深い事例はありますか?

胃がんの治療薬「ゾルベツキシマブ」の治験に参加していた当時50歳代の男性は、この薬が効いて4年以上たってがんは消滅しました。

この薬を使う前は、ステージ4で多発の肝転移。

リンパ節転移があり、数か月しかもたない可能性もありました。

現在は、治験治療によって胃がんが消滅したと判断して治療は行っておらず、経過観察をしています。

2020年に承認された「トラスツズマブデルクステカン」や、2021年に初回の治療に承認された免疫チェックポイント阻害剤においても、承認前から治験で治療を受けられ、現在はがんが消失し治療を行っていない方が複数いらっしゃいます。

――医療者としても、治験にやりがいを感じますか?

今までより良い治療法が確立されることにはもちろんやりがいを感じますが、何よりうれしいのは目の前の患者さんに想定よりいい結果が出たときです。

治療法がなかなか見つからなかった患者さんに治験の治療が効くと、未来の治療を先取りできたと感じます。

治験はあくまで「全体としての結果」を見て判断されますが、その結果は、一人一人の患者さんの治療効果の集合体なのです。

昨今は、新しい治療薬でがんが治り、治療をやめても大丈夫という人が少しずつ増えています。

また、手術が困難と考えられた患者さんにも抗がん剤が効いて、手術できる例が増えています。

新しい薬が出る前には、必ず治験があります。

患者さんと研究をつなぐ立場として、やりがいと誇りを感じています。

参照元∶Yahoo!ニュース