ディープシーク、次期生成AIモデル開発を加速
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低コストで開発した生成人工知能(AI)モデル「R1」を1月に発表した中国の新興企業ディープシークは、後継モデル「R2」の開発を加速させている。
同社の事情に詳しい3人の情報筋が明らかにした。
ディープシークはR2を5月上旬にリリースする予定だったが、現段階ではできるだけ早くリリースしたいと考えていると2人の情報筋が具体的な内容を明かさずに語った。
同社はR2ではコーディングを改良し、英語以外の言語でも推論できるようになることを期待しているという。
ディープシークはコメントの要請に応じなかった。
米半導体大手エヌビディアの比較的性能が劣る半導体を使いながらも、米IT大手が数千億ドルを投じて開発した製品に匹敵する性能を持ったR1登場の影響について、競合他社は理解に努めている段階だ。
R2の開発は、AIでリーダーシップを握ることを国家の優先課題としている米政府を心配させる可能性が高い。
R2のリリースは、ディープシークの生成AIモデルの導入を始めたと表明している数十の中国当局・企業をさらに刺激するかもしれない。
ディープシーク創業者の梁文鋒氏は、同社の親会社のクオンツヘッジファンド「ハイフライヤー・キャピタル・マネジメント」を立ち上げて億万長者になった。
元従業員から梁氏は「控えめで内向的」と評されており、2024年7月を最後にメディアの取材に応じていない。
ロイターは12人の元従業員や、ディープシークとハイフライヤーの運営に詳しいクオンツファンドの専門家を取材した。
また、国営メディアの記事や両社のソーシャルメディアへの投稿、2019年までの研究論文を確認した。
その結果、ディープシークは営利企業というよりも研究所のような機能を持ち、中国IT業界の階層構造に邪魔されることなく、多くの投資家がAIの最新のブレークスルーとみなす技術開発を同社が担っていたことが分かった。
梁氏は1985年、中国南部広東省の農村に生まれた。
名門の浙江大で通信工学の学位を取得後、最初の仕事の1つは上海のスマートイメージング企業での研究部門の運営だった。
当時の上司は今月9日、国営メディアに対して梁氏が受賞歴のあるアルゴリズムエンジニアを雇って「フラットな管理手法」で運営していたと語った。
梁氏はディープシークとハイフライヤーでも、中国のIT大手での硬直したトップダウン経営、若手従業員への低賃金、「996」と呼ばれる週6日間午前9時から午後9時まで働くという慣行を避けてきた。
梁氏は、中国で最も権威のある教育機関の清華大と北京大の徒歩圏内に北京オフィスを開設。
元従業員2人によると、梁氏は定期的に技術の詳細を掘り下げ、従業員の大半を占めるZ世代のインターンや新卒者とともに働くことに満足していた。
また、協力的な雰囲気の中で1日に8時間働くのが普通だったとも語った。
昨年9月に退職した26歳の研究者、ベンジャミン・リウ氏は「梁氏は私たちに裁量を与えてくれ、専門家として扱ってくれた。私たちに質問を続け、一緒に学んでくれた」とし、「ディープシークのおかげでパイプラインの極めて重要な部分を任せてもらうことができ、非常にエキサイティングだった」と振り返った。
梁氏は、ディープシークを通じて送った質問に回答しなかった。
インターネット検索大手、百度(バイドゥ)をはじめとする中国のIT大手は2023年、米オープンAIの生成AI「チャットGPT」の消費者向けのバージョンを構築し、世界的なAIブームで利益を得ようと競い合っていた。
これに対し、梁氏はアプリ開発に多額の費用をかけることを意図的に避け、代わりにAIモデルの質を高めることに集中したと中国メディアに語った。
3人の情報筋によると、ディープシークとハイフライヤーはどちらも手厚い報酬を支払うことで知られている。
梁氏を知る競合クオンツファンドのマネージャーの1人は、ハイフライヤーではシニア・データ・サイエンティストが150万元(約3000万円)の年収を稼ぐことも珍しくないのに対し、競合他社では年収が80万元を超えることは珍しいと説明した。
業界関係者2人によると、資金源となっているのは中国で最も成功したクオンツファンドの一つのハイフライヤーで、政府がクオンツファンドをの取り締まりを開始した後でも数百億元を運用している。
ディープシークが低コストのAIモデル開発で成功した背景には、研究とコンピューティングパワーにハイフライヤーが10年間にわたって投資を続けてきたことがあると3人の関係者が明らかにした。
ハイフライヤーは、収入の70%を主にAI研究へ再投資することでAIに「全力投球」しているとトップが2020年に明かしていた。
ハイフライヤーは、20年と21年に2つのスーパーコンピューティングAIクラスターに計12億元を費やした。
中国当局の意向をよく知る人物によると、中国政府はディープシークを称賛している一方で、承認なしにメディアと関わらないよう指示している。
当局が梁氏に控えめに振る舞うように求めたのは、メディアで大げさに宣伝しすぎると不必要な注目を集めることを懸念したからだという。
中国当局はコメントの要請に応じなかった。
また、2人の元従業員は、ディープシークが成功したのは梁氏がコスト効率のより高いAIアーキテクチャに力を入れたためだと証言した。
ブローカレッジ企業、バーンスタインのアナリストらは今月上旬、ディープシークの料金はオープンAIの同等モデルより20分の1から40分の1にとどまっていると試算した。
今のところ欧米と中国のIT大手はAIへの多額の投資を続ける方針を示しているが、ディープシークがR1と前のモデルのV3で成功を収めたことで戦略を変更する企業も出ている。
R1が世界から注目を集める前から、ディープシークが中国政府の寵愛を受けている兆候はあった。
国営メディアは今年1月、梁氏がAI分野の代表として有名企業首脳に先駆けて北京での李強首相との会合に出席したことを報じていた。
ディープシークのAIモデルのコスト競争力への称賛は、他の企業には提供されていないペースで中国企業や政府機関が採用すれば、米国を凌駕するイノベーションを実現できるという中国政府の信念を後押しした。
少なくとも13の中国自治体と10の国有エネルギー企業がシステムにディープシークを導入しており、IT大手のレノボ・グループ、百度、テンセント・ホールディングスがディープシークのAIモデルを自社製品に組み込んでいる。
シンガポール国立大リー・クアン・ユー公共政策大学院の中国政策専門家のアルフレッド・ウー氏は、中国の習近平国家主席と李氏が「ディープシークを支持することを示唆した」とし、「今や誰もが支持している」と指摘した。
一方、韓国やイタリアなどの政府はプライバシーの懸念を理由にディープシークを国内のアプリストアから排除している。
AIの専門家でヘッジファンドのカルタゴ・キャピタル創業者のスティーブン・ウー氏は「もしもディープシークが中国の国家機関全体のAIモデルとして定着すれば、西側諸国の規制当局はAI向け半導体やソフトウエアのコラボレーションに対する規制を強化する新たな理由になると見なすかもしれない」との見方を示した。
先端AI向け半導体の中国への輸出規制強化については梁氏も認めている課題だ。
梁氏は昨年7月の中国メディアの取材に「私たちの課題が資金調達だったことは一度もない」とし、課題は「最先端半導体の禁輸だ」と打ち明けた。
参照元∶REUTERS(ロイター)