もう一度、パパの肩車にのりたかったね 夫の加害者は免許取り立ての18歳 妻が伝えたいこと

「これ(上の写真)は娘が2歳になったときに撮った家族写真です。夫婦で望んで、望んで、やっと授かったわが子を、ずっと二人で守っていこうと語り合っていたのに、三人の幸せな時間は、たった5年で終わってしまいました。あの日、はじけるような笑顔で、愛する娘を肩車していた夫の肩が、まさか、骨が飛び出すまでボロボロにされることになるなんて……」
そう語るのは、東京都八王子市に住む坂口多江さん(42/仮名)。
多江さんから初めてメールをいただいたのは、2024年夏のことだった。
相次ぐ初心者の若者による重大事故、その深刻さに触れ、諸外国のように「同乗者規制」や「運転時間帯の規制」等が必要ではないか、と問題提起した私の一連の記事やコメントに賛同する内容だった。
実は、多江さん自身も、免許取り立ての若者によって、夫の章さん(当時40)の命を奪われた遺族だった。
「私の夫は国道20号線をバイクで直進中、直近右折の軽乗用車に衝突され、亡くなりました。加害者は18歳の大学生、免許取得後40日で母親の車を借りて、友人3人を同乗させ、初めて中央道や首都高に乗って早朝から60キロ離れたディズニーランドへ遊びに行った帰りの事故でした。しかも、初心者マークは持っていたのに、車にはつけていませんでした。運転経験や技術が未熟でありながら、その意識がなかったのでしょう。初心者ドライバーへの規制は必要だし、もっと厳格にすべきだと思うのです」
事故は2020年8月4日、23時10分頃、八王子市の国道20号線、大和田5丁目の交差点で起きた。
章さんは仕事を終え、バイクで帰宅する途中だった。
多江さんは、その夜のことを振り返る。
「夜中にふと、携帯が震えているのに気づきました。時間を見ると1時50分。同じ市内に住む私の母からでした。『落ち着いて聞きなさい。警察から電話が来て、章君が事故に遭ってすぐに病院に来て欲しいって……』母の声は震えていました。炊き立てのご飯を食べさせたくて、この日もいつも通り帰宅時間に合わせてタイマーをセットしていました。でも、準備していた夕飯はそのままになっていて、夫はまだ帰って来ていません。すぐに警察に連絡すると、『奥様ですね、昨夜23時過ぎに八王子の大和田交差点でバイクと車の事故が起き、ご主人は救急車で病院に運ばれたのですが、0時23分に亡くなられました』そう告げられました。時計を見るとすでに午前2時を過ぎています。『死んでしまったなんて、なんで……、そんなはずない』そう思いながらも、夫が帰宅していない事実と警察の言葉に、私は逃げ場を失っていました。すぐに5歳の娘を無理矢理起こし、タクシーを呼んで母と3人で八王子医療センターに向かいました。運転手さんは事故現場を通って来たらしく、私たちが関係者だとわかると、『現場を通ってもいいですか』と確認してくれました。私は何が起きているのかわからないまま、『お願いします』とだけ答えました。20号線を少し走ると、前方にたくさんの赤色灯と複数の警察車両が見え、車線が規制されていました。徐行しながら進むタクシーの車内から外に目を向けると、交差点の真ん中に黒いバイクが倒れているのが見えました。それは、夫が6年前から大切に乗っていたSR400でした」
まだまだシザーを握るはずだった大切な手は、冷たく、硬く…
「病院に着いて救命医から説明を受けた私は、霊安室に案内され、夫の遺体と一人で対面しました。肩から胸にかけて包帯でぐるぐる巻きになっていて、胸から下は白い布がかけられ、顔には大きいガーゼが2枚貼られていて赤い血で染まっていました。怖くて頬の辺りとおでこの隙間くらいしか触れてあげられませんでした。あまりのショックで、体には触れることができませんでした」
章さんは八王子の駅前で美容室を経営していた。
イギリスに留学して腕を磨き、自分の店をオープンさせてから6年、マンツーマンでの丁寧な仕事は、多くの顧客に愛され、予約は常にいっぱいだったという。
「白くて長い夫の指、爪はいつものようにカラー剤で茶色く染まっていました。何度も繋いだその手は冷たく固まっていました。握っても握り返されることはありません。娘とも、もっともっと繋ぐはずだった、そして、まだまだシザーを握るはずだった大切な手を放す日が来るなんて……、私は今起こっていることが理解できませんでした」
事故は、2020年8月4日、23時10分頃、八王子市の国道20号線、大和田5丁目の交差点で起きた。
章さんはSR400で八王子から自宅へ東に直進中、日野方面から北に向かって交差点を右折しようとした対向の軽自動車に衝突されたのだ。
加害者の少年はその場で現行犯逮捕されたものの、間もなく釈放された。
一方、多江さんは突然の夫の死という現実を受け入れる間もなく、一刻も早く、顧客対応をする必要に迫られていた。
「夫の所持品の中で、お店の鍵は一番早く受け取りたいものでした。予約を入れてくださっているお客さまの情報は、お店に入らないとわからない状況だったからです。病院からはすぐ返せると言われたので、それを返してもらうために八王子警察に行って待っていたのですが、なかなか返してもらうことができず、結局、店のシャッターに貼り紙をするしかありませんでした」
章さんが事故時に身に着けていた遺品が多江さんのもとに返されたのは、翌日の15時時頃だった。
黒いヘルメットの塗装は右側面が3cm、左側面が5cmくらい剥げており、章さんが10年以上愛用し、大切にしていたオメガの腕時計は、ガラスが割れて、その針は23時9分で止まっていた。
多江さんが事故の詳細を知ることができたのは、事故から1年以上経った2021年9月の少年審判終了後だった。
捜査資料によると、事故当時の信号はお互いに「青」。
加害者の供述調書には、『対向バイクのライトを確認しましたが、自分の方が先に曲がれる、もし間に合わなくてもバイクが減速してくれれば行ける、そう思って右折を開始し、気づいたらバイクと衝突しました』 と記載されていた。
加害者の少年は、章さんのバイクが2~30m手前まで近づいているにもかかわらず、右折を開始していたこともわかった。
「これでは、直進中の夫がいくら急ブレーキをかけても間に合うはずはありません。衝突直前、夫はとっさにハンドルを左に切り、倒れながら加害車両の左前輪と接触し、助手席側のフロントガラスの角にヘルメットを打ち付け、バイクと共にセンターライン付近まで飛ばされたそうです。そして最後は、足がバイクの下敷きになっていました。夫がハンドルを切るのが少し遅れていたら、助手席の人の命も危なかったと思います」(多江さん)
警察で行われた、実際の事故車を使っての再現。
少年の軽乗用車は、急な右折をし、このようなかたちで直進中の章さんの進路を突然さえぎった(遺族提供)
少年審判では、多江さんが20分間、遺族の思いを伝える意見陳述を行った。
少年は始終受け身の姿勢で、裁判官から問い詰められないと事故の説明ができなかったそうだ。
「加害者の少年は、事故後も友人と海へ遊びに行き、夏を満喫している様子をSNSにアップしていました。私は法廷で遮蔽板を希望したので直接見てはいないのですが、弁護士に聞くと、その顔は真っ黒に日焼けしていたそうです。彼は審判の中で夫の名前を口にすることは、一度もありませんでした。そして、裁判官から最後に言い残したことはないかと問われると、『ありません』と一言だけ述べ、審判は終了しました。たとえ遮蔽板越しであっても、私は最後に心からの謝罪の言葉を聞きたかった。『ありません』という言葉で審判が終わったことを、私は一生忘れないでしょう。こんな未成年を生まないような教育が、早い段階から必要だと強く思ったのはこのときでした」
結果的に、少年には2年の保護観察が言い渡された。
しかし、多江さんは今もその処分に納得することはできないと言う。
「18歳で運転免許が取れるというのに、一方的な過失で死亡事故を起こしても少年という理由で保護観察……、遺族は突然日常を奪われ、生活もままならないというのに、加害者は少年法に守られ、それまでと変わらない生活を送ることができるのです。こんな処分は遺族にとって何の意味もありません。人を死なせてしまったら未成年だろうが成人だろうが、同じように罰を与えるべきではないでしょうか。事故から間もなく5年、23歳になった加害者が今どうしているのか知りませんが、私にできることは、夫が遭遇したこの事故のことを多くの方に知ってもらい、二度とこのような被害者、遺族が増えないよう、初心者事故の危険性を伝えていくことだと思っています」
七五三のお祝いで撮った家族写真。
初心者ドライバーの中には、運転が未熟にもかかわらず複数の同乗者を車に乗せ、高速度を出すなど無謀な運転をする者もおり、重大事故がたびたび発生している。
最近は高齢者による事故のニュースがたびたび報じられるが、実は第一当事者、つまり加害者として事故を起こす割合が最も高いのは、16~19歳の若年層だ。
ちなみに、過去の記事でも繰り返し触れてきたが、アメリカ・カリフォルニア州の道交法では、『未成年者および初心者ドライバーは20歳以下の同乗者を乗せてはいけない』としており、そのほかにも以下のような細かい規制を設けている(*注/同州での免許取得最低年齢は16歳。成人年齢は18歳)。
<未成年者および免許取得1年未満の者への法規制>●深夜(23時~5時)の運転禁止●20歳以下の同乗者の禁止 (ただし、保護者、25歳以上の免許取得者、有資格運転指導員が同乗している場合を除く)●未成年者(18歳未満)の運転中の携帯電話の使用は禁止 (成人は、ハンズフリー装置を使えば携帯の使用は認可されている)〈翻訳協力 Jun Jim Tsuzuki氏〉
また、日本では、2輪免許を取得してから1年を経過していなければバイクの2人乗りが禁止されている。
高速道路や自動車専用道路におけるバイクの2人乗りはさらに厳しく、普通自動2輪免許または大型2輪免許を交付されてから3年以上経過している必要がありさらに、20歳以上という条件もついている。
つまり、16歳で普通自動二輪免許を取得し3年間が経過していても、19歳では高速道路での2人乗りはできないという。
多江さんは語る。
「友だちにかっこいいところを見せたくてスピードを出したり、未熟なのに無理な運転をしたり……、もし日本にもアメリカのような規制があれば、また、運転者自身が『自分はまだ初心者で、未熟なんだ』という意識を持って、友だちと車ではなく、電車で行く判断をしていたら、夫は今も生きていたはずです」
現在、多江さんは警視庁被害者支援室からの依頼を受け、都内の中学や高校で「命の大切さを学ぶ教室」の講師を行い、これから免許を取得する学生たちに、初心者が同乗者を乗せること、初心者の車に乗ることがいかに危険かを伝えているという。
「私は、私たちのような思いをする人が少しでも減って欲しいという思いから、このような場に立たせてもらっています。車は人を殺してしまう凶器です。自分は大丈夫だと思っている免許取り立ての未成年、そして親たちに、ぜひこの危険な時期について真剣に考えて欲しい。被害者にも加害者にもならないためにできること、少しでも自分のこととして考えて、大切な命、たった一度の人生を守っていただきたいと思います」
参照元∶Yahoo!ニュース