「食べたい」でも「手に入りにくい」シカやイノシシ肉 害獣駆除対策としても注目される野生動物の肉 ジビエ食のいま

ジビエ料理をイメージした写真

シカ肉の「もみじ鍋」やイノシシ肉の「ぼたん鍋」、また高級フレンチなど、冬はジビエがおいしい季節だ。

近年、野生動物の生息域が拡大し、農作物の深刻な被害が出ているなか、その対策の一環として、国や自治体では、2018年頃からシカやイノシシなどを地域資源として「ジビエ」の利活用を進めている。

一方で、ジビエに関心がある人へのアンケートでは「食べたことがない/ほとんど食べない」と答えた人が7割以上となっており、身近な食材とまではいえないのが現状だ。

なぜ手に入りにくいのか。

その原因や課題をジビエ普及に取り組む団体やレトルトカレーを商品化した企業に取材した。

人里に現れる野生動物。シカとイノシシの捕獲頭数の増加近年、野生動物が人の住む地域に出没するケースが増えている。

シカやイノシシ、クマなどの生息域が拡大し、今冬も車との衝突や人里での目撃情報が頻繁に報道されている。

野生鳥獣による農作物の被害も大きく、被害額は164億円(2023年度。全体の約6割がシカとイノシシによる)にのぼり、営農意欲の低下や耕作放棄の拡大、離農の増加につながるなど、深刻な影響を及ぼしている。

2003年度にはシカ・イノシシの捕獲数があわせて37万頭だったのが、2023年度にはシカが約72万頭、イノシシは約52万頭と増えている。

2007年に「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(鳥獣被害防止特別措置法)」が制定され、野生鳥獣の捕獲等のさまざまな被害防止のための取り組みが全国で行われている。

さらに捕獲した鳥獣を活用して地域活性化を図るべく、2016年「鳥獣被害防止特別措置法」の一部改正では食品としての利用が明記され、地域資源「ジビエ」として利活用の拡大を進めた。

しかしながら食肉処理施設でジビエとして食肉加工・流通された割合は約1割(2023年度。ハンターによる自家消費を除く)にとどまる。

実際に、Yahoo!ニュースが1月に行った「ジビエに関心がある1000人を対象にしたアンケート」からも、ジビエを食べたいと思ってもなかなか食べる機会がないことがわかった。

「ジビエを食べたいか」の質問に、6割以上の人が「食べたい」と答えているのに対し、「どのくらいの頻度(回数)食べているのか」については、「食べたことがない(385人)」と「ほとんど食べない(378人)」が全体の7割以上を占め、「年に1~2回程度(148人)」「半年に1回程度(27人)」「3カ月に1回(21人)」「2カ月に1回(13人)」と続いた。

また、「どこで食べたか/入手したか(複数回答)」について聞くと、「旅行先の飲食店で注文(181人)」と「旅行先のホテル/宿で食べた(161人)」が上位で、旅行先での体験が多かった。

なかには「自分や知人が捕獲(154人)」もあったが、その場合は狩猟免許が必要になり、一般の人が簡単に捕れる手段ではない。

身近な食材として入手するにはハードルが高いことがわかる。

自由回答では、「どこで入手できるのか」「機会があれば食べたいが、旅行先くらいしか今は思いつかない」「もっと流通しやすくなればいいと思う」などの声も。

必ずしも日常的に食べられるわけではなく、自宅で食べる身近な食材とまではいえないようだ。

野生動物ゆえの流通の難しさでは、なぜ手軽にジビエ食を楽しむことができないのだろうか。

それはジビエが野生動物の肉であるという点に起因している。

一つは流通できる個体数そのものが少なく、計画的に増産・生産できないこと。

もう一つは衛生管理のハードルが高いことだ。

国産ジビエの利活用を進めている非営利団体、一般社団法人日本ジビエ振興協会の常務理事・事務局長の鮎澤廉さんは「野生鳥獣肉の処理加工施設の大半は年間処理数が50頭以下です。取り扱う個体数が少ないわりには、解体してお肉にするまでの作業は多いため、コスト対効果が悪く、従業員も増やせません。ビジネスとして成り立つ施設は実は少ないという状況」と話す。

野⽣⿃獣の⾷⾁について処理加⼯を行った施設は、全国で772施設(2023年度)ある。

飲食店や販売店などでジビエを調理・販売する場合は、食品衛生法に基づく営業許可を取得した施設で解体などが行われた肉を仕入れなければならない。

捕獲された野生動物をすぐに施設に運搬する必要があり、国際的な食品衛生管理方法「HACCP(ハサップ)」に沿った徹底した管理のもとで加工・調理・販売へとつなげている。

鮎澤さんに聞くと、「野生鳥獣は、家畜と違い生産段階で管理ができないため、何らかの病原体を保有している可能性が高い」という。

畜産動物とは異なり、自然相手の野生の動物ゆえに安定供給が難しい。

個体差のバラツキもあり、いろいろ条件を満たしたものだけが食肉として流通できる。

一定の供給量の確保と大規模な流通を確立するのが容易ではないのだ。

しかし、そんな状況のなか、全国に店舗をもつ「無印良品」では、2020年からシカとイノシシの肉を使ったジビエカレーを提供している。

最初はカフェなどの店舗で展開し、翌年からはレトルトカレーを販売。

ジビエを加工した食品を扱うきっかけなどを、株式会社良品計画の商品開発担当部長・鈴木美智子さんと調味・加工担当の木島有美さんに聞いた。

「私たちの商品開発は、地域の役に立つ、課題解決になることがベースにあります。地方に出店していくなかで、害獣被害の話を耳にするようになりました。もともとジビエは日本でも食文化としてありますが、流通にはなかなか乗らない。一方的に動物が悪いわけではなく、共存していくためには、増えすぎてしまったのはある程度なんとかしなければいけない。命が失われていくのであれば、食用にできるかたちで捕らえて、残さずおいしくいただく。その活動ができないかと考えました」(鈴木さん)

シカやイノシシのロースなどの部位はステーキとして高級レストランで提供される。

鈴木さんたちは、捨てられてしまう部位があれば、そこを使ってカレーが作れないかと考えた。

肉の仕入れ先を検討する中で、害獣被害に地域課題として取り組みつつ、質のよいジビエを提供する企業と出合う。

そこで彼らが考えている課題やジビエに関する知識と技術を教わり、両社で時間をかけて話し合いながら、2年越しで商品化に結び付けた。

シカとイノシシの肉を使った2種類のカレーは、「ジビエはお肉のクセみたいなものがあるので、それぞれ食べやすい味に設定した。

臭みもなくすような作り方をしています」と木島さん。消費者の反応は、販売当初から自然に受け入れられて、環境などに配慮した商品とあってとくに若い人の関心が高いそうだ。

身近な食品であるレトルトカレーだが、コロナ禍で高級レストランでの需要が減り、捨てられる部位を活用していた無印良品も、その影響を受けて販売停止になった期間があったという。

供給に対する課題を乗り越えるため、どのような工夫をしているか、また今後の展開をたずねると、「製造数を増やしてたくさん売る商品ではありません。また、単発で発注するだけでは、仕入れ側が準備できず、お肉がすぐに集まりません。しかし、定期的に『無印良品が仕入れる』ことがわかっていたら、仕入れ先もその分お肉を確保する動きができます。毎年必要になるからこそ、よいお肉を集める仕組みを構築し、循環させることが可能になるのです。答えは簡単には出ませんが、今の社会だからこそ考える課題で、続けていくことがとても重要だと思います」(鈴木さん)

一方、衛生管理についてはどのような対策がとられているのか。

2018年に農林水産省では「国産ジビエ認証制度」を制定。

安全に食べられるように、客観的な審査によって、厚生労働省の衛生管理に関するガイドラインを順守した食肉処理加工施設を認証している。

いまは全国に38の施設があり、その施設から出荷したジビエを使った加工業者や飲食店なども国産ジビエ認証マークを使用することが可能だ。

鮎澤さんは、ジビエの流通や販売に関する事業をサポートしているなかで、衛生的な食肉を入手するのが難しいという声を多く聞く。

もともと山の恵みを楽しみ、感謝して食べる古くからの文化があって、その延長に流通ができたため、ジビエの衛生管理の知識が現場に行き渡っていない。

国や自治体が発信する情報に触れないまま食肉処理をしているケースがまだ多くあるという。

「日本ジビエ振興協会では、そういった事業者に対して、ジビエの解体処理や衛生管理、調理研修なども行います。解体処理講習会では最近受講者が増えています。自分のやり方がガイドライン通りなのか心配で勉強にきた方もいますよ」

鮎澤さんは言う。

「ジビエは地域性が楽しめるのも魅力。シカやイノシシのお肉は鉄分や亜鉛が豊富で、またタンパク質など必要な栄養素を効率よく摂取できるので、全世代におすすめしたいです。シャキッとした脂で、そのおいしさにハマる人も多い。より多くの方にジビエを知っていただき、飲食店などで一年を通してジビエが食べられる環境を作っていけたらと思います」

安定供給の難しさを解決するため、加工処理施設同士の連携で同じ衛生管理基準のジビエを集めているところも出てきているそうだ。

消費者がジビエを食べることで、捕獲した鳥獣の有効活用へとつながる。

天然の肉「ジビエ」を味わう――どのようにして私たちの手元に届いているのか、まずは知ることからはじめよう。

参照元∶Yahoo!ニュース