フードバンクの次なるステップ、仏で広がるソーシャル食料品店
よく晴れた冬の朝、エティエンヌ・グリファトンさんは、マルセイユ空港近くで進む都市型農業プロジェクト「グレーヌ・ド・ソレイユ」を見て回る。
「やらなきゃいけない仕事がいろいろあるから、ここで働くのは大変だ」とグリファトンさん。
「でも、みんな土に触れることを楽しんでいると思う」
グレーヌ・ド・ソレイユは、マルセイユ周辺で貧困のため食品を入手できない人を支援する非営利組織ネットワークに参加している。
貧困ライン以下で生活する人はフランス全土では平均14%だが、マルセイユ周辺では約26%だ。
グレーヌ・ド・ソレイユの土地3ヘクタールでは、18人の従業員と30人ほどの「見習い」が野菜を育てており、食料協同組合やレストラン、フードバンクに加えて、「コリブリ」にも出荷される。
コリブリとは、マルセイユの北に位置するガルダンヌにある「ソーシャル食料品店」だ。
見習いとして働いているのは、最近入国した移民や外部通勤作業を認められた受刑者などだ。
グレーヌは国からの助成金を受け、こうした人々の労働市場やフランス社会、あるいはその双方への適応を支援する。
この日はコリブリ向け出荷分をめぐる混乱があり、非政府組織「ラ・シット・ド・ラグリキュルチュール(農業の街の意)」でプロジェクトディレクターを務めるカロリーヌ・プラ氏が手伝いのために駆り出されていた。
プラ氏は「実は配送スタッフをやった経験など一度もない」と言いながら、キャベツや洋梨、ポロネギ、パースニップを詰めた箱をいくつか自分の車に積み込んでいる。
コロナ禍で、食料不安のレベルは悪化した。
ロックダウンにより非公式経済が打撃を受け、エネルギー価格は上昇し、食料支援システムは混乱に陥った。
プラ氏はコリブリに向けて車を走らせながら、「(新型コロナのせいで)食料不安が急に膨れ上がり、誰も無視できなくなった」と話す。
プラ氏が参加するラ・シット・ド・ラグリチュールは、グレーヌ・ド・ソレイユやコリブリと共に、食料不安への対応のために結成された連合体である「テリトワール・ア・ビーブル(住むべき場所)」を構成している。
コロナ禍以降、テリトワール・ア・ビーブルのような連合体は、食品を提供する新たな方法を開発しつつ、フードバンクにありがちな偏見、そして「保護者的態度」と批判される支援利用者への態度の問題に取り組んでいる。
「コロナ禍の中で私たちが気づいたのは、この分野で活動している団体が、人々が必要としている食べ物を提供する上で、そうした態度を身につけてしまっていることに気づいた」と語るのは、エイシャ・シフ市会議員。
農業・食料持続可能性担当の副市長も務めている。
シフ氏と地元の複数のNGOが主導する取り組みの1つは、食品を各家庭に直接配送している。
また別の取り組みでは、コリブリのような「ソーシャル食料品店」を展開する。
コリブリは、カトリック教会からの支援を得つつ、グレーヌ・ド・ソレイユなどの都市型農園から農産物を仕入れ、チェーン系のスーパーマーケットから優遇価格で食品を購入している。
スタッフは全員ボランティアで、どの商品にも2通りの値段がついている。
会員は、収入が貧困ラインをわずかに上回る人が多く、小売価格の30%を支払う。
それ以外の利用者は、「連帯」価格として小売価格を満額支払う。
会員にはシングルマザーや年金生活者の他、安定した法的地位のない移民もいる。
ボランティアのパスカル・ミシェル氏によれば、「たいていは貧しい労働者で、少ないながらも給料はもらっていて、生活水準は貧困ラインのすぐ上なので、国からは何の支援も得られない人々だ」という。
提供されるものを受け取るだけのフードバンクとは異なり、コリブリでは、品揃えについて会員の要望に耳を傾ける。
「何を食べたいか選べるというのは、彼らの尊厳につながる」とミシェル氏は言う。
「欲しいものを買っているのであって、施しを受けているわけではないと思える」
パートタイムで働くシングルマザーのエミー・バルビエさんは、食品価格、エネルギー価格が上昇する中で生活に困っていた。
「子どもと2人暮らしで、家はかなり古く、断熱もよくない。これから寒い季節だから暖房もいる。毎年同じ問題の繰り返しだ」とバルビエさんは言う。
もう1人の常連、ジュゼッペ・ザマタロさんは60代のイタリア人シェフだ。
フランスからのわずかな年金で生活を支え、イタリアの年金の支給開始を待っているものの、手続き上の問題のために保留されている。
「フードバンクなど他の組織からも食品はもらえるが、品質はあまり良くない。コリブリに来れば、選択肢がある」
ザマタロさんは、年金がもらえるようになっても引き続きコリブリに来て、「連帯」価格で買うと話す。
「こういう支援を必要としている人は多い。この店は支援の手法として優れている」
マルセイユ中心部、貧困率が50%を越える3区にあるソーシャル食品店「ラシーヌ」の会員は、量に制限はあるが、割引価格で食品を購入できる。
毎週金曜日には、絶対貧困ライン以下、あるいはそれに近い生活水準で暮らす人々が、調理済みの箱入り食品を引き取ることができる。
代金は非営利団体「グループSOSソリダリテ」が支払い済みだ。
多くのマグレブ地域・その他のアフリカ諸国からやってきた移民家庭もラシーヌを利用する。
シングルマザーのニスリヌさんもその1人だ。
未婚のまま妊娠してアルジェリアを離れたが、今のところフランスでは不法滞在の立場だ。
「フランスでは物価がとても高いから、気をつけなければならない。生後3カ月の赤ん坊を育てているから働くこともできない。私たちにとってラシーヌはとても貴重だ」とニスリヌさんは言う。
地方自治体に勤める栄養士のオードレイ・ボワイエル氏によれば、マルセイユでは、貧困家庭・移民家庭で肥満が広がっており、栄養管理も問題になっているという。
「野菜や生鮮食品が不足しており、スポーツその他の活動のためのインフラも整っていない」とボワイエル氏。
「街中では暴力犯罪もあり、母親たちは子どもと外に出たがらない」
マルセイユでは、コロナ禍の時期に非公式経済が崩壊し、貧困家庭・移民家庭が収入源を奪われてしまったことで格差が拡大している。
シフ市議は、都市農業プロジェクトに回せる用地の拡大と食料生産の地元回帰に取り組んでいる。
「こうしたコミュニティーでは、食料不足と雇用不安がそれ以外の脆弱性へと直結している」とシフ市議は言う。
「食料支援を提供しはじめると、エネルギーや家電製品、住宅など他にも多くの点で困っていることが分かってくる」ラシーヌの店舗に戻ると、ボランティアのハヤットさんがその日の仕事を終えようとしている。
ファーストネームだけ教えてくれたハヤットさん自身も、事故の影響で身体が不自由になったため2年にわたり仕事に就けず、かつては支援を受けていた。
「私は役に立つ、活動的な人間でいたい。新しい仕事を見つけたいが、ハンディキャップがあるので難しい。ここでは有意義な仕事ができる」
参照元∶REUTERS(ロイター)