人民元安はどこまで進むか、内憂外患の中国と第二次トランプ政権 植野大作氏

株価の変動をチェックしている人

年末年始の為替市場で、ドル/人民元(CNH)が堅調に推移している。

12月31日のオフショア市場でドル/人民元は一時7.3695元と、2022年10月以来、2年3カ月ぶりの高値(=人民元の安値)を記録する場面があった。

当時の高値7.3749元を超えると本土外の市場におけるドル高・元安の新記録を樹立することになる。

より古いデータが残っている上海市場でも、ドル高・元安が進行中だ。

1月10日の上海市場でオンショアのドル/人民元(CNY)は一時7.3328元と、2023年9月に記録した高値(=元の安値)7.3503元に肉薄する場面があった。

この水準を超えると2007年12月以来、17年1カ月ぶりのドル高・元安水準に突入することになる。

ドル/人民元が歴史的な高値(=元の安値)に接近している背景には、米国経済のソフトランディング期待を反映した米連邦準備理事会(FRB)による利下げ観測の後退や、米長期金利の上昇に伴って発生しているドル高圧力が関与している面はあるだろう。

ただ、米国の長期金利は現在4.8%前後まで上昇しているものの、23年10月に記録した5.0%台に迫る水準には達していない。

昨今の外国為替市場で進んでいるドル/人民元相場の上昇には、「ドル高」だけでは説明できない「元安」の要素が絡んでいると推測される。

いったい何が元安進行の原動力になっているのだろうか。

考えられる背景は、2つある。

第一は、中国人民銀行(中央銀行、PBOC)による金融緩和期待の高まりだ。

昨年12月に中国共産党中央政治局の常務委員会は、低迷する国内景気をテコ入れするため、「より積極的」な財政政策と「適度に緩和的」な金融政策を実施することを決定し、国営新華社通信を通じて発表した。

PBOCの金融政策スタンスは「緩和的」、「適度に緩和的」、「穏健」、「適切に引き締め的」、「引き締め的」の5段階に分類されるが、昨年までは中立を意味する「穏健」な金融政策運営スタンスが長く採用されていた。

「適度に緩和的」な金融政策の運営方針が採用されるのは、2010年以来、14年ぶりの出来事だ。

近年の中国経済を取り巻く環境を俯瞰すると、少子高齢化の進展で期待成長率が低下する中、長引く不動産不況を背景にした個人の節約志向の高まりなど、バブル崩壊後の日本が直面したのと似た諸問題を抱えている。

20年のコロナ不況を契機に中国の消費者物価上昇率は断続的にデフレを示すマイナス圏に落ち込む場面も散見されており、PBOCの利下げや資産購入による金融緩和期待を背景に、中国の国債利回りは現在、満期20年超の領域では日本を下回るなどの現象も観測されている。

第二は、米国で第2次トランプ政権が発足した後に予想される「米中関税バトル」の再発懸念だ。

20日に2期目の就任式を迎えるトランプ次期大統領は、政権発足後には中国からの輸入品に10%の関税をかけると表明しているが、昨年の大統領選挙戦では、中国からの輸入品に60%の高率関税をかけたり、中国メーカーの北米産電気自動車に100─200%もの関税を課したりする可能性に言及していた。

第2次トランプ政権の関税引き上げに対抗して中国が米国からの輸入品に報復関税をかけた場合、米国経済も相応の打撃を受けるだろうが、巨額の対米貿易黒字を稼いでいる中国が被る経済的なダメージの方が大きいとみる市場関係者が多い。

外国為替市場ではドル高・元安圧力が発生するとみられる。

実際、第1次トランプ政権下で米中両国による関税引き上げの応酬が続いた19年から20年にかけて、人民元はそれまで中国の通貨当局がドル高・元安の進行を阻止する防御線に設定していた「1ドル=7.0元の壁」を突破し、断続的に7.2元界隈まで売られている。

第2次トランプ政権の発足を間近に控え、為替市場関係者の間で当時の記憶が蘇りつつあることが、昨今の人民元安の一因になっている可能性が高い。

折しもロシアのウクライナ侵攻後、西側企業によるサプライチェーンの脱中国化が進むのではないかとの懸念が高まっており、米中関税戦争の再発懸念が人民元の先安観を増幅している面もあるだろう。

ただし、中国政府は現在、管理フロート制の弾力運用によって人民元相場の値動きを人為的に制御する為替政策を採用している。

このため、この先どこまで人民元安が進むかについて考える際には、中国政府の意向を読む作業が必要だ。

上述のような元安進行の背景に注目すれば、自然体の価格形成メカニズムに為替レートの変動を委ねた場合、「市場が決めるドル人民元」は、現行の管理フロート制の弾力運用を始めてからの高値(=元の安値)を突破して17年1カ月ぶりのドル高・元安水準に向かう可能性が高い。

外国為替市場で一段のドル高・元安が進めば、第2次トランプ政権による関税引き上げ攻撃によって生じる中国製品の価格競争力の低下を一部減殺できるため、中国の通貨当局が緩やかな元安の進行を容認する可能性はある。

一方、「中国政府が元安の進行を黙認している」との見方が中国社会に広がると、ドル建てでみた銀行預金の評価額に敏感な中国人マネーのドルシフトが助長されてドル高・元安に歯止めをかけるのが難しくなり、中国企業のドル建て債務の返済負担が重くなって中国の金融市場が不安定化するリスクもある。

本稿で列記したような内憂外患の諸問題を抱えた中国がデフレの定着を防ぎつつ、第2次トランプ政権との間で再発する可能性が高い関税バトルの打撃を緩和するには、積極財政、金融緩和、通貨安容認の3つを組み合わせた政策運営が最適解になりそうだが、ホーム・カレンシー・バイアス(自国通貨志向)が低いと言われている中国人投資家の間で人民元の先安観が強まり過ぎると管理フロート制の運用が不安定化するリスクがある。

実際、13日に開催されたPBOCと為替当局が主催するフォーラムである中国外国為替市場指導委員会は、今後の人民元相場を「基本的に合理的で均衡の取れた水準」で安定させるとの方針を改めて表明。

具体的な施策は不明だが、為替市場の強靭さを高めて市場管理を強化、景気の循環変動を増幅するような市場の動きを是正し、市場の秩序を乱す行動には厳正に対処、為替オーバーシュートのリスクを予防する、との声明を発表している。

最近の外国為替市場で進むドル高・元安の動きを念頭に、人民元の為替取引に関与している主要な金融機関に対して元安けん制の意思表示することが目的だったと解釈されている。

元安のメリットとデメリットを天秤にかけた上で中国政府が最適だと判断するドル/人民元相場の具体的水準については、間もなく発足する第2次トランプ政権が中国製品に対して課してくる追加関税率の引き上げ幅などにも依存して決定されるとみられる。

このため、現時点でその水準を推し量るのは難しい。

ただ、今後PBOCによる金融緩和と米中関税戦争の結果として元安が進めば進むほど、中国製品に追加関税をかけていない日本などの国々には安い中国製品の流通によるデフレ圧力が及ぶ可能性があるほか、世界中の都市や景勝地で存在感を増す中国人観光客によるインバウンド消費が目減りするなどの悪影響が及ぶ可能性がある。

第2次トランプ政権が発足した後に想定される米中通商摩擦の行方とドル/人民元相場の動向には細心の注意を払う必要がありそうだ。

参照元∶REUTERS(ロイター)