「殺してやる!」とすごむDV夫とはち合わせも 「夜逃げ屋」がDV被害者を「1秒でも早く」逃がす理由
「夜逃げ屋」という商売がある。
配偶者やパートナーによるDVなどから逃れたい人の引っ越しを請け負う業者。
宮野シンイチさんは夜逃げ屋のスタッフとして働き、実体験を漫画にした。
身も心もボロボロにされた依頼者たち。
危険と隣り合わせで依頼者の救出を続けてきた宮野さんの目には、何が映るのか。
夜逃げの仕事が入った、ある日の朝。
宮野さんは夜逃げ屋の女性社長から、車の中で本日のミッションを告げられた。
《逃がすのは2人。夫からDVを受けている女性。夫の暴力で流産した経験がある。娘も父親から性暴行を受けている》
あまりに凄惨な状況を聞いただけで、宮野さんの胃が縮んだ。
だが、これが、夜逃げの現実だ。
宮野さんは夜逃げ屋で働きながら、その日常を漫画『夜逃げ屋日記』で描いている。
漫画家を志すも鳴かず飛ばずの日々を送っていた宮野さんが夜逃げ屋で働くことになったきっかけは、2015年、22歳のころに見た「夜逃げ屋」を特集したテレビ番組だった。
「このテーマで漫画を描きたい」
番組に出ていた夜逃げ屋の女性社長に、漫画の題材にしたいと直談判したところ、「ならうちで働け」と持ちかけられた。
早い話が、漫画にしたいなら体を張って取材してみろ、という提案である。
宮野さんは、荷物を運び出すスタッフとして働き始めた。
働き始めてわかったのは、夜逃げ屋を経営して約20年、大ベテランの女性社長は、自ら引っ越しの現場に出向いていた。
一見してコワモテの彼女も、元夫から凄惨なDVを受け続け、そこから逃げ出して人生を変えた過去があった。
「本当に怖い人だったらこの仕事はできないよ。頼みたいと思ってもらえないでしょ」
笑って話す社長の鼻には、元夫から頭突きされたときの傷あとがまだ残っている。
「夜逃げ」というと、借金で首がまわらなくなり逃げ出すイメージが強いかもしれない。
だが、宮野さんによると、「夜逃げ屋」への依頼者の7割ほどが配偶者やパートナーによるDVやモラハラの被害を受けている人だ。
女性が大半だが、男性からの依頼もある。
依頼者はネットで検索して宮野さんの働く夜逃げ屋を見つけ、電話やメールで相談してくる。
「最近では僕の漫画を読んで連絡してくださる方が、1割くらいはいます」(宮野さん)
引っ越し先は依頼者が指定してきたり、社長が人脈を使って手配したりとさまざまだ。
大家が協力的で、アパートの居住者がみんな夜逃げの依頼者という物件もあるという。
「夜逃げ」というが、仕事はもっぱら加害者が家を不在にする日中だ。
社長が依頼者と綿密に打ち合わせ、計画を練る。
最大のミッションは「1秒でも早く搬出を終える」こと。
スタッフの誰一人、手が空いている状態は許されない。
ただの引っ越しとは違う。
不測の事態とは隣り合わせだ。
荷物の量が打ち合わせより多く、トラックを往復させる必要があり、想定より時間がかかってしまうこともある。
最悪のケースもある。
「10回に1回くらいは、加害者が帰ってきてしまうんです。一番避けたいことですが、起きてしまうんです」(同)
作業に当たるスタッフの1人は、その事態に備え、必ず依頼者のそばで梱包を行うのがルール。
加害者が帰ってきたら依頼者を車に乗せて連れ出したり、警察を呼んだりすることもある。
それでも、目を血走らせたDV夫が、「殺してやる!」とすごんできたり、依頼者の持ち物や下着にいたるまでを「共有財産だから持っていくな!」とごね続けたりすることもある。
「加害者と遭遇した瞬間は、『死ぬかも』といつも思います」(同)
そんな危険と隣り合わせだから、依頼者も荷物の搬出作業中は神経が張り詰めていて、言葉が乱暴になったりする。 「社長からも『よく観察して』と言われたのですが、引っ越し先に到着して荷物を運び込む作業をするときには、依頼者はすごく安心した表情になって、物腰も柔らかくなるんです」(同)
これまでに100件以上の現場を経験した。
顔に、夫に刃物で切られた生々しい傷がある女性。
骨折するまでの暴力を受け続けた女性。
依頼者はみんな、心身ともにボロボロになった状態でやってくる。
なぜ、そんな相手を選んだのか。
なぜ、逃げずにそこまで耐えてしまったのか。
何かできることがあったのではないか――。
宮野さん自身、夜逃げの仕事をする前はある種の“自己責任論”の側だった。
「なんで気付かないのかなって。普通わかるよねって思っていました」
宮野さんはそう前置きして、きっぱりと言った。
「でも、今はまったくそうは思いません」
なぜ、考え方ががらりと変わったのか。
その理由には、多くの夜逃げに関わる中で見えてきた、被害者と加害者の独特の実態があった。
参照元∶Yahoo!ニュース