なぜ農産物は生産コスト増えても価格転嫁しづらいのか 多くの売買が発生する流通過程、農家の負担重く

農産物を撮影した写真

ダイコン80円、エリンギ89円、キャベツ190円――。

先月中旬、一般的なスーパーの半値ほどで野菜が売られる熊本市西区の青果店「津山商店」は、買い物客でごった返していた。

買いだめする客も多く、袋や段ボール箱を重そうに抱え帰っていく。

コンビニほどの広さだが、10人ほどの従業員がせわしなく動いていた。

約1週間分の野菜を購入した熊本市の主婦(42)は「物価高で家計が厳しいので、食料品はできるだけ安く買いたい。野菜までこれ以上高くなると困ります……」と表情を曇らせた。

商店の津山昌子社長(51)によると、野菜を入れる袋の費用や人件費などが上がっているが、競りや相対取引で仕入れた野菜を、仕入れ値のまま販売することもある。

津山さんは「野菜や果物しかない店が生き残るには安さで勝負するしかない」と話す。

2022年のロシアによるウクライナ侵略開始以降、世界的にエネルギーや食料の価格が上昇。

日本でも物価高が続き、ガソリンや電気代などが値上がりしている。

さらに帝国データバンクの調査によると、食品メーカーなど主要195社が、22年1月~24年10月の3年足らずで値上げした加工食品などは7万品目以上に上る。

ただ、農林水産省が今年公表した消費者4000人が対象の意識調査によると、「農産物の価格が高くても、作り手の生産努力を考え、積極的に購入する」の選択肢を選んだ人は全体の約18%にとどまっており、食料品は安く買いたいという消費者の思いがうかがえる。

「息子に農家継いでほしいとは言えん」 物価高騰は、農家の経営も直撃している。

「経営は苦しい。生産をやめたいと言っている仲間もたくさんいる」。

宮崎市でキュウリ生産を続ける北山雅信さん(48)は先月中旬、こう声を潜めた。

ビニールハウスの暖房に使う重油や肥料といった農業生産資材の価格高騰などを受け、5年前と比べて生産にかかるコストは30%ほど増えた。

北山さんは「息子には農家を継いでほしいけど、今は継いでくれとはとてもじゃないけど言えん。自分で野菜を売るノウハウはないから、状況が変わるのを待つしかない」と嘆く。

農水省の調査によると、20年の価格を100とした価格指数は、農業生産資材で23年に121.3だったのに対し、農産物では108.6にとどまる。

ハクサイやトマトといった農産物でも一部、価格上昇の動きは見られるが、全体としては資材には及ばず、農産物への価格転嫁は鈍い。

出荷団体→市場→仲卸→小売→消費者 農産物はなぜ価格転嫁しづらいのか。

北海道大の坂爪浩史教授(食料農業市場学)らによると、農産物は一般的に生産者からJA(農協)などの出荷団体、卸売市場、仲卸業者、小売業者、消費者と流通過程で多くの売買が発生する。

消費者は安い店を、小売業者は安く取引してくれる業者を選ぶなど各流通過程で価格競争が起きやすい。

一方、農家にとっては肥料や飼料の節約は難しく、メーカーが価格を上げれば、高くても買わないといけない構造もある。

宮崎県産ピーマンの箱詰め前の作業をするJA宮崎経済連の職員ら(11月20日、宮崎市で) 農家の負担を少しでも減らそうと支援する事例もある。

JA宮崎経済連(宮崎市)は宮崎県産ピーマンを対象に、ビニールハウスで使う重油の価格変動分を出荷価格に反映させるサーチャージ制度を導入。

重油価格が基準範囲を上回れば出荷価格を引き上げ、下回れば引き下げる。

直近では22年に発動した。

ただ、キュウリなど他の施設園芸品目では実現できていない。

JA全中会長「適正な価格形成」訴え インフレが続く中、JAグループは農水省などに対し、農産物の適正な価格形成に向けた早急な法制化を要望している。

JA全中(全国農業協同組合中央会)の山野徹会長は今秋の記者会見で「持続可能な食料生産を実現できない。

消費者に自分たちが生産した食料を召し上がっていただきたいので、『国消国産』の考えのもとで、『適正な価格形成』の実現を目指している」と訴えた。

政府は5月に改正した食料・農業・農村基本法に、合理的な価格形成に向けた仕組み作りを盛り込んだ。

生産コストを価格に上乗せするよう取引相手に促すフランスの「エガリム法」を参考に、来年の通常国会への関連法案提出を見込む。

一方、インフレに苦しむ消費者が、食料品への価格転嫁を受け入れられるよう環境を整える必要もある。

例えば、付加価値税の標準税率が20%と日本の消費税率よりも高い英国では、ほとんどの食品は非課税だ。

日本でも国会議員の一部には、食料品の非課税化を訴える声がある。

坂爪教授は「国産食材の価格転嫁を進めて国内の生産基盤を守ることは、食料安全保障を強化する上で重要だ。一方で、食料は基礎的な生活物資であるため、消費税をもっと軽くしたり、所得向上を促したりといった消費者の負担を軽減する手立ても検討されるべきだ」と指摘する。

参照元∶Yahoo!ニュース