DAZN社長が激白!「値上げの理由」「無料配信戦略」から「収益多角化」まで

急拡大する動画配信市場において、スポーツ分野で存在感を発揮するのがDAZNだ。
Jリーグを独占配信するなどサッカーファンにとってはインフラ的存在になっている。
だが、経営面では「放映権の高騰」などにより、想定通りに推移していないという声もある。
元Twitterジャパン社長としてイーロン・マスク氏とも事業に取り組んでいたDAZN Japan最高経営責任者の笹本裕氏が、DAZNの未来像や動画配信の現在地について語ったロングインタビューをお届けする。
――2016年に日本でサービスを開始してから8年が経過しました。日本のスポーツ映像配信の現在地についてどう見ていますか。
大きな枠組みで見ると、OTT(Over The Top=インターネットを通じてコンテンツを配信するサービス)の変革期にあります。
DAZNはスポーツ分野が専門ですが、自分たちも変革する必要がある時期にきています。
サブスクリプション(定額制サービス)でコンテンツを見るビジネスは、直近10年で進捗をしてきました。
ですが、当然ながら他のOTTさんも含めて、サブスクだけではどこかで頭打ちをします。
「各社とも収入源の多様化を模索している」というところが現在地だと思います。
我々の場合、サブスクも伸ばす余地があるけれども、その先を見据えて動いていこうというのが2024年ですね。
――足元の業績について教えてください。会員数はまだ拡大余地がありますか。
国別の利益や会員数は公表していませんが、日本事業は好調に推移しています。
事業環境的にも、プロ野球では「声出し応援」が解禁され、観客動員が伸びています。
チケットが取りにくい状況になっており、その恩恵を受けている部分もあります。
会員数は絶対的な基盤ですし、サブスクもまだ伸ばす余地があります。
日本には少なくとも1000万人を超えるコアなスポーツファンがいると想定しています。
どこまでの方が有料のサブスクという形で、DAZNのようなサービスと関わってもらえるかにはいろいろな考え方がありますが、まずはこの水準が目安になってきます。
そのうえで、その周囲を含めて考えると、さらに市場を大きく捉えられます。
DAZNとしてベストな立ち位置を模索していきたいと考えています。
――「先行投資をして会員数を積み上げていく」のがサブスクの基本的なビジネスモデルです。損益分岐点を超えると利益が急拡大しやすい一方、放映権料の高騰などで必ずしも当初の想定通りにいっていないという指摘もあります。
放映権は頭打ちして微減になっている国もあれば、非常に高騰している地域もある状況です。
今年は「正当な放映権料とは何か」ということを、データを基に科学的に検証していくことに力を入れています。
8年間運営してきたので、かなり知見を構築できていると思います。
――3年連続で値上げを実施し、Standardプランの月額料金が4200円になりました。2016年のスタート時と比較すると2倍以上になっています。値上げは受け入れられていますか。
「自信を持って受け入れていただいた」というのは傲慢だと思っています。
受け入れていただいている方々もいらっしゃるでしょうし、仕方なく受け入れていらっしゃる方もいるということは理解しています。
ビジネスを永続的にしながら、成長投資もするための価格設定であるということです。
我々は年間では7700試合以上をライブ配信していますが、コンテンツに対しての投資も、技術に対しての投資も着手しています。
具体的な金額については「4200円あれば現地で1試合、観戦に行けるではないか」という見方もあるでしょう。
逆に、月間にDAZNで観戦している試合数で割ると安い、とみていただける方もいると思います。
それでも、「全てを価格に転嫁しているわけではない」ということだけは申し上げられます。
いろいろな企業努力をしているので、これからの我々の姿を含めて、もう少し長い目で判断いただけたらという思いですね。
――「新しいDAZN」の構想について教えてください。
ファネル(漏斗)で物事を捉えています。
一番下がサブスクの有料で見ていただくお客様です。
現在のお客様ですね。
この部分にはデータ等の付加価値を加えながら専門性、多面的なスポーツの観戦環境を提供していくことを目指していきます。
一方、オリンピックなど大きなイベントの時を中心に競技を見る方や、スポーツをファッションとして捉える方もいます。
いわゆるライトなファン層、ファネルの一番上のところです。
2024年1月から、一部コンテンツを無料視聴できる「DAZN Freemium(フリーミアム)」を始めましたが、そういった方々はフリーミアムの部分でより幅広く捉える。
そのうえで、どうやって一番下の部分にご案内するかを考える必要があります。
ファネルの真ん中の部分の方には、ペーパービュー(番組ごとに料金を払うシステム)でのご提供もできるはずです。
ところが、今はファネルが真逆の形になっています。
――通常は逆三角形になるはずが、三角形になっている?
フリーミアムの部分が少ないわけです。
今後は有料で見ている方々を優先しながらも、ファネルの上の部分にもリソースをかける必要があります。
この部分は課題ですね。
市場を拡大していかないと、最終的には自分たちも萎んでしまう危険性があります。
無料コンテンツを充実させて、有料だともっと豊かにそれが見られるという体験をしていただく。
フリーミアムではJリーグの試合も一部無料で配信しています。
フリーミアムで見ていただく数が多ければ、ファネルの上から下までお連れする数も増えて、サブスクの増加にもつながるはずです。
フリーミアムの部分を伸ばすことは広告事業にもつながります。
――前職(Twitter Japan代表取締役)も含め、海外に本社のある日本企業のトップという立ち位置です。仕事のやりにくさなどないでしょうか。イーロン・マスク氏のような上司は稀有なのでしょうが…。
日本は「そこそこ」の経済力と人口があり、ビジネスとして非常に魅力的なマーケットです。
ただし、文化も商慣習も独自性が高い。
海外から世界の中の一つでしかない日本として見られると、正しい成果を出すのは難しいというのが自分の経験の中ではありました。
その意味でDAZNは特殊というか、グローバルのルールを強制するのではなく、日本のニーズを尊重しつつ、それをグローバルの事業計画にどうやって生かすかという考え方になってきています。
我々がこの数年先まで描いている計画に対しても理解してもらえています。
――ライバルとして意識している企業はありますか。
どのOTTサービスも、無料・有料にかかわらず、利用者の方の滞在時間や再生数の獲得、収入源の多様化に必死になっています。
全てがライバルですよね。
近年はショート動画アプリの増加で、消費者の方々の態度変容が起こり、より短い動画にシフトしてきています。
広い目で見て、編成戦略や機能の追加などを考えないと、取り残されてしまう危険性があります。
全世代においてスマホとの接触時間が長くなっています。
スマホでの視聴に耐えられる動画の時間を意識すると、短い方が見やすいですよね。
実際、DAZNもスマホで見られているケースが多い。
コネクテッドTV(ネットに接続されたTV)も伸びていますね。
通勤や通学時間にスマホでサッカーや野球を見て、帰宅後はテレビで続きを見るというケースが非常に多くなってきています。
技術面でも見やすい環境を作ることは意識しており、投資もしています。
同じ利用者であっても、視聴環境がテレビに移った場合は高解像度のデータを送るなど、シームレスに裏側で動くように設計しています。
――Jリーグと11年間(2033年まで)で約2395億円という放映権契約を締結しています。
まずはサッカーファンに満足いただけるコンテンツをそろえます。
ワールドカップ予選などにも、積極的に投資をしていきます。
サッカーの中ではJリーグがまず絶対的に優先度が高い。
日本で事業をしているので、代表戦を含め、日本にスポットライトを当てることが重要だと考えています。
そのうえで、海外サッカーについてもしっかり取り組んでいきたい。
――コアなサッカーファンは育成年代からJリーグ、海外サッカーまで全部見たいと思いますが、現状ではDAZN以外の契約も必要になります。初心者には、どこの配信サービスで何が見られるのかを調べるのもハードルが高い印象です。
「いろいろな配信サービスと契約しないと、見たいサッカーを全部見られないではないか。DAZN一本でまとめてくれ」という声は頂戴しています。
DAZNだけでやるのが正しいのかという問題はありますが、全ての要望にお応えできないのは歯がゆいですし、DAZNとして全部捉えたい思いもあります。
そこは企業努力をしながら、投資を検討していきたいと思います。
――収入の多角化について、具体的なイメージはありますか。また、将来的なスポーツベッティングの解禁についてはどう考えていますか。
月額のサブスクビジネスが土台ですので、しっかりと引き続き成長を築いていく。
伸び代として一番高いのは広告です。
現段階では願望になりますが、将来的には1:1ぐらいにはなってほしいですね。
この2つが伸びると、マーチャンダイジングなど他の収益も加速しやすいはずです。
ベッティングは、本国のDAZNでは始めているので、プラットフォームとしてはできています。
ただし、ベッティングは法令だけではなく、教育やご理解いただく文化、いろいろな要素を見ながらご提供していかないと無責任だろうと考えています。
とはいえ、海外ではベッティングはスポーツ団体に貢献している仕組みです。
日本でもスポーツ業界を活性化する起爆剤になるのであれば、将来的に提供する可能性は十分にありますし、重要な収入源の要素になると思います。
――AIなどデジタル活用についてはどうでしょうか。
個人的な話になりますが、DAZNに来た理由の一つに、スポーツ分野においてAIの可能性を感じたということがあります。
スポーツは人間の感情が表現されやすいコンテンツです。
だからこそ、その体験を豊かに、簡潔に見てもらうためにAIの技術はものすごく貢献するはずです。
――在任中にこの部分は絶対に達成したいという目標は。
風呂敷を広げてはいけないと思いますが…、いろいろな意味でパラダイムシフトを起こしたいですね。
スポーツの観戦方法もそうですし、ビジネスの手法もそうです。
ヒト、モノ、カネを意識ながら、最初の30日でここまで、次の60日でここまでと、時間を区切りながら事業を見ていきます。
具体的な数字では、収益は2桁成長、同時に会員数も着実に伸ばしていきたいと考えています。
中長期の目標としては、スポーツを通じて日本を豊かにしていきたい。
スタジアムの集客は好調でも、日本の野球人口は減っています。
少子化で中学・高校の部活の廃部が増えている中、もう一度、野球熱、サッカー熱を高めることに寄与したい。
事業としても向き合っていきますし、個人のテーマでもあります。
参照元:Yahoo!ニュース