「保険診療はもう限界」追い詰められた若手医師、次々に美容整形医へ 残った医師がさらに長時間労働の「悪循環」

医師を撮影した写真

総合病院に勤務していた外科医の小山大河さん(仮名)は、限界を感じていた。

研修医時代から長時間労働が続き、疲弊しきっている。

残業が少ない病院に移ったものの、医師が少ないため常に呼び出される恐れがあり、気が休まることがない。

それでも、簡単には辞められない。

学部時代に奨学金を借りたためだ。

医師として県内で一定年数働かなければ、高金利で返済を求められる。

「でも、このままではもたない」

悩んだ挙げ句、美容整形外科への転身を選んだ…。

若手医師が〝ブラック〟な医療現場を避け、美容整形など「自由診療」で働くケースが増えている。

保険診療の現場では医師不足や偏在が改善されず、残された医師がさらに長時間労働を強いられるという悪循環に陥っている。

「世界有数の長寿」を誇る日本の医療現場で、何が起きているのか。

小山さんは2010年代のはじめ、国立大学の医学部に入学した。通っていた高校では、成績が良い生徒に医学部への進学を勧める傾向があった。

最初から医学の道を強く志したわけではなく、「半ば成り行き」という面もあった。

学部時代に見学した手術にひかれ、外科の専門医を目指した。

「手術が好きだった」。

順調に国家試験も通り順風満帆。

レールに乗ったとも感じていた。

風向きが変わったのは、専門医を目指すための「後期研修」が始まった頃。

小山さんが通った大学では、卒業した医師がどこで働くかは「医局」という制度に基づいていた。

一定地域にある複数の病院が医局の「テリトリー」として設定され、医師はその範囲で病院間を転勤する。

最初に送り込まれたのは、県庁所在地にある総合病院。

そこでは当直明けの翌日も夜8時ごろまで働くのが普通とされ、気付くと残業が月200時間を超えていた。

当初は体力に自信があり、「耐えられる」と思っていたが、次第に体と心がついていかなくなる。

深夜に緊急手術をしたり、泊まり込みで術後観察をしたりすることもあった。

それでも、患者の家族からはこんな言葉を投げつけられることも。

「手術のせいで寝たきりになった」

いつの間にか、やりがいも感じられなくなっていた。

2カ所目の病院では残業時間が減った。

ただ、医師の数が少ない地方にあったため、「待機」という名の当番があり、緊急の手術が必要な場合は呼び出されることになった。

「シャワーを浴びている間も(呼び出しの)携帯電話のアラームが鳴っているような幻聴が聞こえた」

それでも耐え続けたのは、辞めれば奨学金の負担がのしかかるからだ。

医学部卒業から5年間は県内で働かない場合、自力で返済する必要があった。

しかも、その場合は「在学中から年利10%と計算する」と定められている。

3カ所目の勤務先は医局の本拠地のある大学病院。

ここでも激務は変わらず、不調を訴えてさらに別の病院に移った。

そしてそこでも上司と反りが合わず、ついには「適応障害」と診断された。

「もう限界だ。美容外科に行くことにしたよ」

妻にそう告げた。

美容を選んだのは、収入を確保しつつ自分の時間も持てるという評判をSNSで見聞きしていたため。

SNSで実際に美容医師とも交流したことで「今とは違う生き方もあると知ることもできた」。

妻もすぐに理解してくれたという。

小山さんは現在、東海地方で美容整形外科の医師として働いている。

受け持つ手術の大半は「くまとり」や「涙袋へのヒアルロン酸注射」。

いずれも難易度は高くない。

苦労して得た高度な外科専門医の資格は、もう紙切れでしかない。

クリニックには過度な整形手術を求める患者や未成年の患者もいるが、契約や手術をやめさせることもある。

「医師としての倫理観を保ち続けたい」とも語った。

年収は約2千万円。

以前に比べて大幅に増えた上、十分に休みも取れるようになった。

現在の生活には満足しているという。

30代となった小山さんは、こう振り返る。

「保険医を辞めるまでは、周りの流れに合わせて受験でも医学部でも『無難』な人生を歩んできました。医師の中には毎日、残業を何時間しても大丈夫という人がいる。敬意は持っています。でも反対に、そんな人でないと医局には残れないです」

長時間労働や「医局」制度を嫌い、医師がキャリアの早い段階で美容整形外科に進む―。

こうした例は統計でも明らかになっている。 

日本医師会(日医)の関連組織「日本医師会総合政策研究機構(日医総研)」は、2022年5月に公表したレポートでこんな指摘をしている。

①内科系の医師が増えていない。一方で、美容外科は絶対数は少ないものの、顕著な伸びを示している

②診療科の偏在解消以前に、保険外の自由診療の診療科に従事する医師の流出を防ぎきれてない

③過去には、若手医師が主たる診療科として美容外科を選択することはほとんどなかったが、2020年は診療所の35歳未満の医師1602人のうち、15.2%にあたる245人が美容外科で勤務している

このレポートの結びにはこんな表現もあった。

「いくら医師養成数を増やしても、保険診療ではなく(美容外科や美容皮膚科などの)自由診療を主とする診療科への医師の流出が避けられない状態にある」

共同通信も高度医療を担う特定機能病院を対象に実施したアンケートを今年3月に公表している。

その結果、回答した57病院の7割近い39の病院が、働き方の改善のために必要なこととして「診療科の医師偏在解消」を挙げた。

「人が少ないから長時間労働に」「長時間労働だからやめたい」。

日本の医療界の負のループの一端が見えてくる。

このまま美容医療に進む若手医師が増えると、社会にどんな影響があるのか。

国や医療機関が取るべき対策は何か。

医療制度について研究している山形大大学院の村上正泰教授に話を聞いた。

都市部での勤務を希望する学生が増えつつあると感じる。

近年は医局の影響力が弱まって、特に給与がまだ高くない若い医師が大都市の美容クリニックを選ぶ傾向が強まっているのだろう。

比較的、残業時間が短く、給与が良いのが理由だ。 かつての医局は本人の意思を無視して、異動や人事を決めることもあって問題はあった。

同時に医師の偏在対策の役割を果たしていた部分もある。

また、高校で成績の良い生徒にとりあえず医学部受験を勧める傾向があり、医師の働き方とのミスマッチに大学以降で悩む人も一定数いるのではないか。

患者への影響は 医師を育てていく仕組みが医局や病院にはあるが、そうした訓練を経ずに世の中に出ていくことが問題だ。

現在は一度医師免許を持てば、内科から皮膚科に、精神科から美容外科に、というのが自由だ。

ある程度のスキルが無ければ開業したりクリニックを持ったりできないような仕組みも検討すべきだ。

―若手医師のメンタルケアにはどのようなものがあるか。

医師が保険診療で働き続けられるように、キャリアチェンジや復職支援に使える制度はあるか。

病院も一般企業と同じように、残業時間が規制され、一定時間を超えた医師に産業医面談をするなどの対策が義務付けられている。

ただ、実際には医師同士で本当のことを話さないこともあるかもしれない。

実効性を確保することが大事だ。

山形大でも医師向けの再教育プログラムを提供し、各地の医師会も研修を実施している。

ただ、こうしたプログラムや研修は若手医師にあまり知られていないかもしれない。

美容医療に一度進んだ医師は(医師同士の情報交換の場でもある)学会などに属していないことも考えられる。

医師の地域的偏在対策のため、初期研修、専門医研修を通じて地方に定着してもらえる工夫が必要だ。

そうでなければ居着くことは少ない。

各地の大学病院は研修先としての魅力を向上する努力をすべきだ。

医局に属さなくても、総合病院で働く医師は実際に増えつつある。

こうした病院でも充実したキャリアを育める体制を整える必要がある。

開業には一定の経営リスクや初期投資が必要なため、特に地方で、開業を金銭面で支援する仕組みを作るのも良い。

医師の多様な受け皿を確保する必要がある。

参照元∶Yahoo!日ニュース