「日本の災害時のトイレ対策は遅れている」トイレ研究家が語るその理由

11月19日は、トイレにまつわる問題を解決するために2013年に国連が制定した「世界トイレの日」。
2024年1月に発生した能登半島地震では、「水が流せないことに気づかずに、大勢の人がトイレに行ってしまうことで発生するトイレの課題に直面した」と語るのは、NPO法人日本トイレ研究所代表理事の加藤篤さんだ。
災害時のトイレ運用の課題や災害を想定したトイレの備え方、そして「日本より進んでいる」と語るイタリアの災害時のトイレ対策について、加藤さんに聞いた。
「人間は予想以上に早いスピードでトイレに行きたくなる」
災害時のトイレ対策が重要な理由災害時のトイレ対策について語る加藤篤さん――
加藤さんはどういったきっかけでトイレの研究をするようになったのだろうか。
加藤篤:もともと建築家になりたかったので、大学で建築を専攻し、そのまま設計事務所に就職しました。戸建てやマンションなどの間取りを考え、図面を描く仕事をしていたんです。図面を描く中でトイレは全部の間取りを決めた最後の余った空間に、コピーしたトイレ記号をピッと貼って終わりだったんですよね。そんな日々を繰り返すうちに、トイレに対する扱いが気になり始めたんです。家族にとって大切で、生活が凝縮している場なのに、なぜ何も考えずに貼り付けて終わりにするんだろうかと。トイレって「おじいちゃんはお尻を洗う機能が欲しい」「おばあちゃんは車いすを使っているからスペースが欲しい」「手洗いスペースをつけたい」とか、いろいろニーズがあるはずなんですよ。毎日のことだから譲れない部分があるはずなのに、ないがしろになっていて何か大事なことを見落としているんじゃないかと。そこで、トイレから暮らしや、まちづくりを考えてみたいなと思って、トイレの道に進むことにしました。現在は日本トイレ研究所の代表理事を務めながら、災害時のトイレをはじめ、子どもたちの排便や便秘の対策、街中のトイレ環境などに取り組んでいます。
――2024年1月に発生した能登半島地震では、水道管が破裂して、深刻なトイレ不足が続き問題になりました。災害時には具体的にどういった「トイレの問題」が予測されますか。
加藤篤:私たちが普段使っている水洗トイレはボタン1つで水が流れてとても便利ですが、災害で水道や電気が止まると、トイレ自体が使えなくなってしまいます。人間は予想以上に早いスピードでトイレに行きたくなるんです。2016年に発生した熊本地震では、3時間以内に約4割、6時間以内に約7割の人がトイレに行きたくなったという調査結果があります。多くの人は、水が出ないことに気づかずにトイレで排せつしてしまいます。前の人が排せつした上に、また排せつするという行為を繰り返し、便器が大小便で満杯になるような状態となりました。こういった不衛生な状態になると、3つの問題が起きます。1つは集団感染です。便が手についたり、足の裏についたりして、菌をそのまま持ち運んでしまう。それが人を介して広がっていきます。2つ目は、トイレが不便・不衛生で行きたくないと感じると、できるだけトイレに行かなくていいように、知らず知らずに水分を摂るのを控えてしまうのです。そうすると、エコノミークラス症候群のような命に関わる病気になってしまいます。そして3つ目は、慢性的にトイレを我慢したり、不衛生なトイレを使ったりすることでストレスがつのり、秩序が乱れることです。「その辺にゴミ捨ててもいいや」「こんなに汚いんだから、どうでもいい」となって、最終的には治安も悪化していくことが考えられます。だから、災害時でもトイレを守ることが重要です。
――避難所ではどういったトイレ対策を考えるべきなのでしょうか。また実際に起こった事例から見えた課題はありますか?
加藤篤:避難所に仮設トイレやトイレトレーラーなどが屋外に設置されるのですが、トイレの入り口には段差があるので、高齢者や障がい者にとっては使用が困難です。また、能登半島地震は1月に発生したので、かなり寒かったですよね。このような場合、建物内のトイレに断水していても使える携帯トイレや、便座と一体型になった簡易トイレを上手に配備して、安心できる排せつ環境を作るというのが大事になります。かといって、屋外のトイレが無くていいわけではありません。携帯トイレだけで対応しようとするとごみの量が膨大になります。また、大きな災害では地域全体が断水しますから、自宅避難者や車中避難者、ボランティアなど復興作業に携わる人にも利用できるトイレが必要です。屋内と屋外、両方をしっかり備えることでバランスよく、し尿を分散させていくという考え方が大事です。しかし、いずれにしても汲み取りの手配ができていないと、あっという間に満杯になって使えなくなってしまいます。使用後、衛生的に処理できる場所に運ぶ必要があることを意識しなければなりません。
―災害が発生することを想定して、家庭ではどのようにトイレの備えをしていくべきなのでしょうか。
加藤篤:すべての人に備えてほしいことの1つ目は「携帯トイレ」です。これは家の便器にかぶせて使う袋式のトイレのことを指します。袋の中には凝固剤や吸収シートが入っているので、その中に排せつして、大小便を固めて安定化させ、袋の口を縛って、ごみの収集が再開されるまで、どこかに保管しておくというものです。ごみの収集・処理に関しては、自治体によって対応方法がことなるため、確認することが必要です。2つ目は「照明」です。窓がないトイレだと昼間でも真っ暗になります。両手が自由に使えるランタンタイプやヘッドライトのような明かりが便利です。3つ目は「トイレットペーパー」。これはみなさん意外と自分がどれくらい使うのかを知らないですよね。一度、トイレに行って使う量を巻き取ったときに、すぐに拭かないで伸ばして長さを測ってみてください。その長さと1日にトイレに行く回数と日数を掛けると、必要な備蓄量が計算できます。1ヶ月分ぐらいは備えておくことをおすすめします。
日本はこれまでさまざまな災害を経験していますが、進んでいると感じることはありますか?
加藤篤:今回の能登半島地震をきっかけに、排せつにも意識が向きつつあると感じています。でも、やはり排せつは、どちらかというとタブーな話題で言葉にしないことが続いてきているので、国全体としては遅れています。
――加藤さんは海外の災害時のトイレ対策についても調査されているそうですね。
加藤篤:イタリアへ現地調査に行ったのですが、残念ながら日本よりもイタリアの方が進んでいました。日本は、避難所に災害用トイレを設置するとなったら仮設トイレを持っていくことで完了としがちですが、イタリアは水洗トイレを復旧させようとします。コンテナ型のトイレを設置し、できるだけ段差が生じないように地面に下ろします。そして、被災状況にあわせて洗浄水を準備したり、排水管を仮設工事したりして、いつもと同じ水洗トイレを応急的に作ろうとします。イタリアは、災害時においても日常と同じ暮らしを整えることに全力を注ぎます。だから、食事でもキッチンカーがやってきて、温かい食事を何百人分も作ります。それは日頃、温かい食事を食べているから、その日常と同じところを目指すわけです。トイレもそれと同じで、日常に近いトイレ環境を目指します。おいしい食事と安心できるトイレを用意して、「みんなで英気を養って早く復旧しよう」というのが彼らの考え方です。日本は、「災害時なんだから我慢しよう」となるんです。そうすることで、体調を崩して関連死につながっていくんじゃないかと考えています。災害時に快適なトイレ環境を用意することは、決して贅沢なことではないと思います。給排水工事をしてでも、いつもと同じようにトイレが使える状態を目指す。そうなるように意識を変える必要があると考えています。
参照元∶Yahoo!ニュース