22歳娘がドナーに 家族は葛藤、母は「意思表示あれば提供の後押しに」

ドナーに登録している人

臓器移植が進まない背景に、医師らから脳死状態の患者の家族への選択肢の提示不足が挙げられるが、仮に提示されても脳死になる前の本人の「意思表示」が確認できないケースも多く、家族に重い決断を強いる現状もあるとみられる。

「意思表示の法制化が(移植促進の)後押しになる」。

臓器提供を決めた家族からは善意を無駄にしないための切実な訴えも漏れる。

数年前、当時22歳の長女が突然、病気で意識不明となり、母の加藤映理子さん(47)=横浜市=一家は、脳死での臓器提供を決断した。

「顔がしびれる。頭が痛い」。

ある日、離れて暮らす長女から体調不良を訴える連絡があった。

検査しても原因はわからず、次第に長女は手足までしびれ始めた。

入院し点滴治療を受けたが、3日後、意識不明の状態に陥った。

前日まで普通に会話ができていたが、大学病院に緊急転院し、自発呼吸もできなくなっていた。

動物が大好きで、おっとりした性格だが、決めたことは突き通す長女。

酪農がやりたいと高校を卒業後、北海道稚内市に単身で渡り、約3年間働いた。

その後、新技術を学びたいと関東地方の酪農家に転職。

倒れたのはその約3カ月後だった。

入院約1カ月後、脳死の可能性が高いと医師に臓器提供の選択肢を示された。

「私の脳を取り換えてください。この子はまだやりたいことを半分もやっていない」。

加藤さんはせがんだ。

回復を祈ったが、かなわず、加藤さんは示された臓器提供の選択肢に、本人の思いが知りたいと運転免許証の裏面の臓器提供の意思表示を確認した。

だが、記入はなかった。

「娘は自分よりも他の人の喜ぶ顔が大好きな子」。

加藤さんは悩んだ末、臓器提供を決めた。

長女は1回目の脳死判定時、機械のノイズが脳波の揺れだと判断され計3回も判定を受けることになった。

大学病院側は5年以上ぶりの脳死判定で、医師が処置に不慣れだったためだとみられる。

医師が処置を迷うような姿勢や、娘をモノのように手荒に扱う様子も感じられたとし、加藤さんは怒りがこみあげたという。

当時、判定を見守った父、秀明さん(54)も「不慣れな脳死判定は家族の心理的負担で途中で辞退しかねない」と指摘。

加えて「対応できる病院も少なく、病院次第で家族が提供したくてもあげられない。臓器提供が増えない原因の一つだと思う」と話す。

長女は4人の命を救って亡くなった。

悲しみのどん底にいた中で娘の臓器を受け継ぎ、社会復帰した元患者から届く感謝の手紙が前を向かせてくれた。

加藤さんは「娘からのプレゼントで元気になってくれて、本当によかった」と話す一方で「脳死前の意思表示があれば残された家族の負担を減らせる。法律で必ず表示するようにすれば提供の後押しにもつながる」とも訴える。

臓器提供は無償にもかかわらず「お金もらえるんでしょ」といわれたこともあったという。

「臓器提供は公表できる情報が限定的すぎて理解が広まっていない。ドナー家族の思いも伝えていく必要があるし、家庭や教育現場で臓器移植を話題にしてみてほしい」。加藤さんは、そう話した。

国内では長い間、脳死の人からの臓器提供が行えず、平成9年に臓器移植法が施行されて、脳死での臓器提供が可能になった。

22年には、本人の意思が不明でも家族の承諾が得られれば臓器提供できるようになった。

日本臓器移植ネットワーク(JOT)によると、昨年の臓器提供数は脳死での臓器提供が131件、心停止後の提供と合わせて計149件だという。

一方で、国内で移植を待つ患者は約1万6千人に上り、移植希望者の増加に追い付いていないのが実情だ。

脳死での臓器提供は心停止後に比べて提供できる臓器の種類が多く、よりたくさんの患者を救うためには、ドナー数の底上げに加え、臓器提供に関わる医療施設などの環境整備が欠かせない。

参照元:Yahoo!ニュース