自民総裁選で注目された選択的夫婦別姓制度が公約で後回しになる理由 ジェンダー平等は争点化されにくい?各党の主張を読むポイントを聞く

自民党総裁選で、小泉進次郎氏と河野太郎氏、何より首相になった石破茂氏も導入に前向きな姿勢を見せ、争点の一つにもなった「選択的夫婦別姓制度」。
だが総裁選後、石破首相は一転して「家族の在り方の根幹に関わる問題だ。
国民各層の意見や国会における議論の動向を踏まえ、必要な検討を行っていく」と発言を後退させた。
10月27日に投開票が行われる衆院選では、選択的夫婦別姓制度がさまざまな公約の中に埋もれ、後回しになってしまっている気がする。
各党は公約の中で、この制度にどんな態度を示しているのか。
さらに、ジェンダー平等分野の政策が一体どのように盛り込まれているのだろうか。
ジェンダー平等を巡る問題に詳しいジャーナリストの浜田敬子さん、地方に暮らす女子高校生が難関大を目指さない実態を調査し、改善に向け取り組んできた東京大4年の江森百花さん、東京都知事選などで候補者に政策についてのインタビューをしてきた明治学院大4年の中村眞大さんに目を通してもらった。
それぞれに着目したポイントを聞いてみた。
〇ジャーナリストの浜田敬子さん
まず各党の公約を比較すると、公明党が女性政策に割いている分量、政策が具体的な点で、かなりこの分野に精通した議員がいると感じました。
例えば、男女間の賃金格差の是正と「見える化」。
自民党の公約にも入っていますが、具体的にどう実現するかには触れていません。
是正は、現状の可視化から始まります。
公明党は賃金格差の実態の「見える化」を、現在公表が義務化されている301人以上の事業者から、101人以上300人以下の事業者にも拡大することを盛り込んでいます。
また全国各地にあるジェンダー平等社会を実現していくための施設「男女共同参画センター」の法定化と機能強化にも注目しました。
私も各地のセンターで講演を依頼されることがありますが、働いている職員のうち非正規雇用の方も一定数いる。
機能を強化することで専門性のある人を正職員にしてほしいです。
女性差別撤廃条約の実効性を高めるための「選択議定書の早期批准」にも言及しています。
共産党、立憲民主党、国民民主党にも入っていますが、女性の権利を国際水準にしていくためには重要です。
ただ、これほど立派な政策集を出しているのに「公明党が与党にいた意味って何ですか?」とも問いたいです。
直近の約30年で2度の政権交代時期はありましたが、日本のジェンダー格差ランキングがここまで低迷し続けている責任の多くは自公政権にあります。
自民党の「女性活躍」「多様性」に関する政策は分量も少なく、具体策に欠けます。
なぜ公明党は政権内でもっと自民党に働きかけられなかったのか、と思います。
そもそも自民党のジェンダー政策は矛盾に満ちています。
1985年に男女雇用機会均等法が制定されたのとほぼ同じタイミングで、配偶者に扶養され、一定の年収内であれば保険料を支払わない「第3号被保険者」制度が創設されました。
働く時間を抑える「年収の壁」の一つとも言われます。
2015年には女性活躍推進法を制定しながら、一向にこの女性の就労意欲を減退させる「年収の壁」の積極的な見直しには踏み込んでこなかったのです。
人手不足が深刻になったあたりから、自民党は女性に対して「活躍」というきれいな言葉で誤魔化しながら労働力としての役割を期待していた一方で、伝統的な性別役割分業の枠組みは決して見直そうとしない。
結局女性は働きながら、家事も育児もして、という苦しい状況に陥っています。
そういう意味で、公約を見る時にポイントにすると良いと思うのは、各党の社会保障制度の分野で言及されている「年収の壁」問題への対応と、もう一つが家父長的な家族観を解消する入り口となる「選択的夫婦別姓制度」への対応だと考えます。
どの党が、女性たちをただの労働力として見なさず、一人の人間として尊重しながら、経済的自立にも後押ししてくれるのか、ということです。
選択的夫婦別姓制度は仕事上の不利益という視点にとどまらず、女性のアイデンティティーや人権の問題という視点で語られるようになりました。
結婚後の姓を巡って、自民党は旧姓の運用拡大、日本維新の会は旧姓使用に法的効力を与える制度の創設を提唱していますが、2つの名前を持つことになる旧姓の通称使用はマネーロンダリングなどさまざまな問題も抱えていると言われています。
各政党の公約と同時に目を通してほしいのは、メディアが行う候補者アンケート。
自民党の総裁選で、選択的夫婦別姓制度を巡ってはさまざまな主張があると分かったように、自民党議員の政策の幅はかなり広い。
候補者個人を見ないと分かりません。
ただ最近では、賛否を答えない「無回答議員」も目立っています。
世論では賛成が高まっているのに、自民党の古くからの支持母体が「夫婦同姓」にこだわっているため、はっきりとした態度が取れない議員が増えています。
こうした重要な問題では、ぜひどちらかはっきり答えてほしいと思います。
野党も含めて、各党の公約全体を見た時、ジェンダー平等や女性活躍に関する政策はどちらかというと後段に登場する傾向が共通しています。
ジェンダーや多様性(社会の実現)という文脈からの議論も大変重要ですが、男女の賃金格差の問題は経済政策ですし、「年収の壁」は社会保障の問題です。
女性の収入を上げることは結果的に少子化にもプラス効果が期待できます。
そのようにトータルで見れば、ジェンダー平等は社会にとてもインパクトのあるイシュー(論点)になるはずです。
そういう点から見ると、どんな社会を望むのか、大きな視点で社会のグランドデザインを語っている政党はないように思います。
これから人口減少が長期にわたり進んでいく日本で、安心して働き、子どもを育て、老後を迎えられるようにするためには、たとえ国民にとって耳の痛い話であっても社会保障制度をどう変え、それなら女性はこういう働き方をできるようにする、といった形でブレイクダウンしていく(落とし込む)ような伝え方を本来はしていく必要があると思います。
はまだ・けいこ 1966年、山口県生まれ。89年に朝日新聞社に入り、「AERA」編集長などを歴任。「ビジネスインサイダージャパン」の統括編集長を経てフリーに。著書に「働く女子と罪悪感」「男性中心企業の終焉」など。
〇特定非営利活動法人(NPO法人)「#Your Choice Project」代表/Co-Founder 江森百花さん
賃金などの男女格差をなくし、多様性のある社会をつくるということが、多くの党の公約の中で見られます。
ただそうした状況が生まれていることの原因を、社会の構造的な問題として、どれだけ捉えているのかなと疑問が湧きました。
「#Your Choice Project」では、首都圏以外に暮らす女子高校生は偏差値の高い大学への進学にメリットを感じにくい傾向があると調査、分析し、2023年に公表しました。
地方で暮らす女子高校生は資格取得を重視する傾向があり、自己評価が低く、浪人を避ける安全志向も高かったです。
どうしたらこうした状況を変えられるのかを考えてきました。
なぜ、多様性が大事なのか。
多様性が担保されないと、意思決定のさまざまな場面で偏りがでてしまう。
私たちの団体ではこう伝えてきました。
その根本的な原因の一つが難関大の女性比率の低さにあると考えています。
気になるのは、組織の女性比率について数値目標を立てて改善に努めようとしているかです。
女性の議員数などの目標値を設けている党もありますが、企業などあらゆる場面で設定し、明らかにしてほしいと思いました。
公約で良いと思ったのは、ジェンダー教育の必要性に触れている部分です。
私たちは大学がジェンダーステレオタイプや偏見をなくせる最後の砦だからこそ、大学の女性比率を上げるべきだと考えています。
というのも、東大では首都圏の中高一貫男子校出身の学生が多く、同性に囲まれながら育ち、大学に入っても女性は少なく(2023年の東大の女子学生の割合は約25%)、男性の優位性を感じたまま社会に出てしまうという構造があるのではないかと思っています。
また東大生の母親は専業主婦の割合が高いとも言われており、女性のロールモデルが限定されている場合も少なくありません。
そのため女性は家庭で、男性は外で働くみたいな感覚を持つのも無理はないと思います。
私自身も大学に入るまでは、ジェンダーステレオタイプに気付いていませんでした。
例えば、今振り返ると、中学校の部活動の部長レベルでも「男子がリーダーになり、前に出る方がしっくりくる」という意識は根強く、「自分の出番じゃない」と考える女の子も多かったと思います。
大学に入り、地方の女子学生が東大には少ないことを知り、勉強する中で、社会にはさまざまな男女格差があり、歯がゆい思いをしている人がいることを知りました。
自分は今からこういう社会に出て行くのか、ひとごとじゃないと感じました。
この先もこのままの社会ではいやだなと思い、5年後、10年後に改善していくにはどうすれば良いかを考え始めたことが、今の活動を始めたきっかけでもあります。
「男性だから~」「女性だから~」という偏見について、義務教育で学ぶ機会は大事だと思います。
そうすることが、意思決定する人の多様性にもつながり、例えば、政治であれば、さらに多様な政策として反映されるのではないでしょうか。
えもり・ももか 2000年生まれ。静岡県出身。特定非営利活動法人(NPO法人)「#Your Choice Project」代表/Co-Founder。1年の浪人の末、東京大に進学。共著に「なぜ地方女子は東大を目指さないのか」。2024年、Forbes JAPAN「世界を救う希望」100人に選出。
〇選挙を取材する中村眞大さん
若者の社会運動や選挙を取材テーマにして、東京都議選や統一地方選などで候補者に政策について質問して、映像で発信してきました。
政治に関心を持ったのは、高校時代、自分が通っていた学校の校則をテーマに、ドキュメンタリー「北園現代史」を撮ったことがきっかけです。
若者の政策って、有権者ではない中学生や高校生の視点に立ったものが少なく、校則のようなテーマは見えにくい課題でもあり、後回しにされがちだと気付きました。
候補者には「未成年者が直接恩恵を受けるあなたの政策を教えてください」と問うのですが、答えを引き出したいという思いと、こういう課題について候補者に少しでも考えるきっかけにしてほしいとの思いで取り組んできました。
今回の公約では、多様性社会の実現の項目で人権救済機関の設置を掲げている党がありました。
ジェンダーにとどまらず、ぼくがテーマにしてきた学校の校則、あらゆる分野に人権は関わっており、重要です。
また興味を持った政策の一つが、子宮頸がんワクチンの接種の機会を逃した世代への救済措置です。
男性は現在、任意接種のため、受けようとすると値段が高い。
女性だけの問題ではないことに目を向けてほしいです。
ジェンダー政策というと、今でも「女性のため」で、「優遇」と捉える人もいます。
普段から交流サイト(SNS)を利用しているのですが、ジェンダーを巡る問題を攻撃する誹謗中傷が気になります。
「男は強くないといけない」というジェンダー規範は根強く、そうしたことが背景にあり、無意識のうちに生きづらさを抱えて他者を攻撃してしまう人もいるかもしれません。
そうしたことを理解する議員が増えていくと、政策にも反映されるのではないでしょうか。
今回のジェンダー関連の公約を見ると、女性活躍という点ではほとんどの党が一致しているのかと思いました。
ただ同時に文章だけだと本気度が見えにくく、有権者がこれだけで判断するのは難しいとも思います。
選択的夫婦別姓制度の是非に違いはありますが、党名を隠してどこの政党かクイズを出したら、答えるのは結構難しいのではないでしょうか。
誰に投票するかを考える時に、直接気になる候補者の演説を聞きに行くのが良いと思います。
直接見ると、人間性が垣間見えることもありますし。
どんな人が支援しているのか、あるいは演説後に聴衆と対話しているか。
当選後にもきちんと話に耳を傾けてくれそうかが分かります。
百聞は一見にしかずです。
参照元:Yahoo!ニュース