日銀頼みの国債安定消化、持続可能性を高めるには

日本銀行の外観を撮影した写真

筆者がしばらく振りに復職したこともあって、この2カ月の間に欧米の金融当局や中央銀行の関係者と多く面談する機会に恵まれた。

話題の焦点は、当然ながら日銀による金融政策の正常化の進め方であったが、意外なことに政策金利の引き上げよりも国債買い入れに関する質問が多かった。

前者については日銀が中立金利への到達を目途として示しているだけに、欧米に比べて小幅に止まるとの理解が共有されている一方、後者の国債買い入れについては、日本の金融機関や投資家による欧米の国債に対する投資スタンスをどう変化させるのかを探りたいとの意向も感じられた。

その上で、一連の面談で示された意見を足元での国内の状況と合わせて考え直してみると、日銀による今後の国債買い入れの論点がより明確になってきた印象も受ける。

そこで8月の拙稿のフォローアップとして、このテーマをやや違う視点から再検討したい。

一連の面談で多くの関係者から示された質問は、日銀が国債買い入れを運営する上で国債の安定消化をどの程度重視すべきかという点であった。

筆者も、原則論としては、中央銀行はあくまでも金融政策の観点から国債買い入れを調整すべきである一方、国債の安定消化は財政当局が主として国債管理政策の調整を通じて調整すべきだと考える。

ただし、実際には、欧米でも中央銀行による国債市場の知見や分析が国債管理政策の運営に大きな役割を果たしており、この点で中央銀行と財政当局は密接に連携している。

加えて、中央銀行による国債買い入れないし保有が長期金利の動向に影響を与える可能性がある以上、中央銀行は金融システムの安定という責務を果たす上で、国債の安定消化が維持されるかどうかに注意を払わざるを得ない面はある。

この点は特に国債市場でドミナントな存在となった日銀にとって、欧米の中央銀行以上に重要であることも明らかだ。

こうした点を踏まえると、日銀が国債買い入れの減額を開始するに際して、欧米の中央銀行に比べて慎重なペースを採択したことには一定の合理性がある。

一方、実際に国債買い入れが減額されて以降の国債市場の動きやこれに関する議論を踏まえると、異なる論点が浮かび上がってきたように見える。

まず、日銀が7月に追加利上げを行ったにも関わらず、国債の利回りはむしろ低下気味になっている。

その理由としては、8月初の株価や為替レートの不安定化に対する「質への逃避」や、欧米の中央銀行による利下げに伴う海外金利の低下といった要因に加え、日銀が今後の利上げについて慎重な姿勢を再三にわたって示したことが挙げられている。

この間、各種の報道や公表資料によると、機関投資家や金融機関は10年国債が今回の利上げサイクルの中で2%程度に上昇することを想定するとともに、国債利回りがこの程度の水準に達すれば国債を本格的な資金運用手段として投資する姿勢を示唆している。

この2%という目途の根拠は必ずしも明確ではないが、日銀が政策金利の引き上げの目途とする中立金利の下限が1%程度であり、イールドスプレッドが1%ポイント程度とすれば合理的な水準となる。

しかし両者の議論を突き合わせてみると、日銀の利上げスタンスと投資家や金融機関の投資スタンスにはズレが生じていることになる。

なぜなら、日銀が政策金利を中立水準まで引き上げるのは今回の正常化の最終局面であり、しかもそこまでには時間的余裕があることを示唆している一方、投資家や銀行はそこまで行かないと国債投資の本格化には踏み切りにくいとの考えを示しているからだ。

しかも、日銀が政策金利の引き上げを終了する時点では、景気や物価の先行きに下方リスクが高まり、長期金利には下押し圧力がかかっている可性が高い。

欧米の現在の状況と同様に、政策金利に対して長期国債の利回りが逆イールドになるため、投資家や金融機関にとっては、利回り低下に伴うキャピタルゲイン狙いの短期売買を除いては、国債に本格的な投資を行うことはむしろ難しくなる。

これらの点を踏まえると、少なくとも今回の金融政策の正常化の局面の中で、国債の安定消化の役割を日銀から投資家や金融機関に本格的に引き継ぎ始めるには、相応に高いハードルがあることになる。

その意味では、日銀自身が目指す長期金利の金融市場での円滑な形成にとって望ましいことではないとしても、国債買い入れの減額を慎重に進めることは現実的な選択肢である面は否定できない。

それでも、国債の安定消化を日銀に依存する構造を将来にわたって維持することは決して望ましい状況ではない。

それは、国債市場で醸成される景気や物価の見方という重要な情報を日銀が金融政策の運営において活用できないことに意味するだけでなく、長い目で見れば、国債の安定消化の持続性にも疑問を招きかねないからだ。

足元の賃金動向などをみると、日本では国内経済を起因とするインフレ圧力が過度に高まることは考えにくい。

しかし、この数年に経験した通り、国際商品価格や為替レートの変動を主因とする輸入インフレが再来する可能性は否定できず、その際に金融政策を引き締め方向に運営しようとすれば、国債買い入れの運営とのトレードオフが生じうる。

加えて、政府が掲げる長期的な重要施策の実施のために国債が増発される方向になれば、その点も国債の安定消化に新たな課題となりうる。

財政当局は国債に対する利払い費の増加を抑制したいと考えるはずであり、この点も投資家や金融機関による国債の安定消化を阻害し、日銀への依存を一層強める方向に働き得る。

こうして、国債消化の日銀への依存が高まるほど、その持続可能性には時間の経過とともに様々な点から疑問が生ずるリスクがある。

これらの点を踏まえると、即効性を求めなくても、長い目で見て国債消化の日銀依存の軽減につながる対応を今のうちから検討し、実現可能なものを順次実施していくことには依然として意味があるように思われる。

日銀自身が強調するように、投資家や金融機関の資産運用方針との関係で、国債買い入れの運営に関する予見可能性は重要だ。

その意味で、今回の正常化サイクルを超えて長期的な視点で保有国債の規模や年限構成に関する考え方を示すことの意味は大きい。

同時に、日銀による国債保有が長期金利に対して与える下方圧力(いわゆるストック効果)についての推計を随時更新して示すことで、投資家や金融機関が国債のイールドカーブの形状やその時間的な推移について、より適切な予想を形成しうる状況を作ることも有用と思われる。

もちろん、財政当局による国債管理政策の運用にも大きな役割が期待される。

例えば、過去数年は国債の満期構成を徐々に長期化させてきたが、投資家や金融機関の嗜好(しこう)を踏まえて国債の安定消化の観点でこれを見直すことは、利払い費の増額を抑制する上でも意味がある。

また、投資家や金融機関のリスク管理上の要請に即した国債の新たな商品設計なども選択肢となりうる。

先に述べたように、国債の安定消化は本来であれば中央銀行が重視すべき政策課題ではないが、日本の現状はより現実的な対応を求めている。

だからと言って、国債買い入れの慎重な運営だけがその役割を担うことは望ましくなく、より持続可能な対応が求められている。

参照元:REUTERS(ロイター)