出産費用の保険適用、少子化対策の解決策になる?

出産を控えている女性をイメージした写真

出産費用の保険適用に向け、政府が検討を進めている。

現在は医療機関が独自に設定している費用が全国一律の公定価格になることで、妊婦の経済的な負担の軽減や地域格差の解消が期待される。

政府は保険適用を少子化対策と位置づけているが、解決策となるのだろうか。

神奈川県内の会社員、鈴木由希絵さん(34)は今年1月、次女を出産しましたが、妊娠中は、つわりに悩まされた。

妊娠初期から食べても吐いてしまう状態になり、仕事を休んで1週間入院。出産予定日の約2か月前まで働き続ける予定でしたが、退院後も重いつわりが長引き、職場復帰できないまま、出産の日を迎えた。

鈴木さんは「妊娠中は予定外の出費があることや、思うように働けないことを身をもって知った。出産そのものにかかるお金の心配が少なくなることは不安が減っていい」と話す。

出産費用は正常分娩(ぶんべん)の場合、けがや病気ではないため保険適用外となっている。

現在、原則50万円の出産育児一時金が支給されるが、出産費用は年々上昇している。

一時金を増額しても、費用がさらに上がる「いたちごっこ」の状況が続いている。

東京都内に住む会社代表の本山勝寛さん(43)は、1~15歳の6児の父だ。

出産費用は毎回数十万円の自己負担があったといい、夫婦で一緒に子育てをしようと育児休業を取得し、残業を減らすと、出費と減収が重なる時期もあった。

本山さんは「時間的、精神的負担もあるが、何より負担が大きかったのは、出産費用だった。喜ばしいことなのに、家計のやりくりの苦しさにジレンマを感じた。次の子を考えるとき、経済的な要因は大きく影響する」と話す。

こうしたなか、岸田前首相は2023年1月、「次元の異なる少子化対策」を打ち出した。

その後、実現に向けた「こども未来戦略」が閣議決定され、出産費用の保険適用が掲げられた。

政府の有識者検討会で今年6月から、議論が始まっており、26年度の導入を目指している。

保険適用になった場合、通常は3割の自己負担が生じますが、妊婦に負担は求めない方針だ。

子育て政策に詳しい東京大の山口慎太郎教授(経済学)によると、出生率と各国の公的な家族支援に対する支出は、相関関係があるという。

経済協力開発機構(OECD)の調査では、対国内総生産(GDP)比でみた同支出(19年)はフランスとスウェーデンがともに3.4%で、1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す「合計特殊出生率」(21年)は、それぞれ1.8、1.7と高い水準だった。

一方、日本は同支出がOECD平均の2.3%を下回る2.0%だ。

山口教授は「他の先進国と比べ、日本は子ども政策に充てられる支出の割合が低い」と指摘している。

出産費用の不安が解消されても、次の妊娠・出産を前向きに考えることにつながるわけではないとの意見も多くある。

1歳の男児がいる神奈川県内の公務員、竹内枝里子さん(38)は出産後、胸の張りで眠れなくなり、精神的にも追い詰められていたとき、自宅近くの産後ケア施設を利用した。

授乳のアドバイスを受けて張りが収まり、気持ちも持ち直した。

竹内さんは「出産にかかる費用以上に産後の心身の大変さを実感した。寄り添ってくれる存在は大切。産後ケア施設の充実などにもっと目を向けてほしい」と訴える。

厚生労働省の人口動態統計によると、2023年の日本人の出生数は72万7288人、合計特殊出生率は1.20まで落ち込み、いずれも過去最低だった。

東京都内で学習塾を運営する会社社長の後藤高浩さん(58)は「お金だけの問題ではないのでは。結婚や出産に対して良いイメージを持てない若者が増えているように感じる」と指摘する。

4児の父で、ファイナンシャルプランナーとして様々な相談も受けてきた。

「将来のビジョンを考える大切さや、家庭を持つ幸せを伝える教育など、やることはたくさんある」と語る。

少子化は、複合的な要因で起きていると考えられる。

未婚化や晩婚化の進行のほか、例えば、男性の育児参加なども影響する。

最近の意識調査では、2人目以降の出産を前向きに考えられたサポートとして「配偶者の家事・育児への参加」を挙げた人が多くいた。

21年、男性の育児休業取得を促す改正法が成立し、取得率は年々上昇している。

とはいえ、まだ30.1%(23年度)で、30年までの政府目標の85%を大きく下回っている。

ニッセイ基礎研究所の三原岳・上席研究員は「出産費用の保険適用という単発的な施策が、出生率に対して直接的に影響するとは考えにくい。母子保健や児童福祉など、様々な課題をパッケージとして同時に議論していくことが重要だ」と指摘する。

産科医療の現場には、保険適用で全国一律の診療報酬が設定されれば収入が減り、医療提供体制を維持できるか不安視する声もある。

出産費用は地域差が大きく、22年度は最も高い東京都が約61万円、最も低い熊本県が約36万円と1.7倍の開きがあった。

産科医療機関が経営難で減少し、身近な地域で出産できなくなれば、不安感につながり、かえって少子化に拍車をかける恐れがあるため、慎重な制度設計が求められる。

日本の出産を取り巻く環境について、子育て世代がどう捉えているか調べると、多くの人が「産みにくい」と感じている実態が浮かび上がる。

公益財団法人「1more Baby応援団」は2013年から毎年4月、既婚の男女約3000人を対象に意識調査を実施している。

24年は「日本が産みやすい国に近づいていると思わない」と答えたのは76.8%に達し、同じ質問を始めた17年以降、過去最悪だった。

2人目以降の出産をためらう「2人目の壁」について、「存在する」と答えたのは78.9%で、過去最高となった。

その理由(複数回答可)では、子育てや教育など家計が見通せない「経済的な理由」(73.4%)がトップで、次いで「第1子の子育てで手いっぱい」(45.3%)などが続き、多くの要因が影響していることがうかがえる。

国や自治体は教育費や育児など様々な支援策を拡充している。

そうした中で、自身が子どもを産む後押しとなる支援制度を尋ねると、20歳代では「出産費用の助成」が6割を超えた。

同法人の秋山開専務理事は「東京などでは特に出産費用が高く、若い人は費用捻出のため貯金から始める人も多い」と説明する。

公的な支援があっても、子育て世代の環境改善には至っていないとも指摘する。

「子育て世代の気持ちの変化には結びついていない。多岐にわたる課題を一つひとつ解消していくしかない」と話している。

参照元∶Yahoo!ニュース