公立の男子校・女子校は共学にすべきか? ジェンダー平等か伝統か、埼玉で巻き起こった議論の決着は

男子学生と女子学生をイメージした写真

2022年4月、埼玉県に一件の苦情が寄せられた。

「県立の男子高校が、女子であることを理由に入学を拒んでいるのは、女子差別撤廃条約違反だ」

これをきっかけに、学校関係者を中心とした議論が巻き起こった。

埼玉県には男子5校、女子7校、計12校の「男女別学」の公立高校があり、「別学ならではの伝統的な校風」を重んじる声は根強い。

一方で、ジェンダー平等の観点から公立高校に別学はそぐわないとの主張も支持を広げている。

男女別学を維持するべきか、共学化するべきか―。

検討を重ねてきた埼玉県教育委員会は今年8月、「共学化を推進する」と公表した。

だが時期は示しておらず、すっきりしない結論に。

議論の基となった女子差別撤廃条約とは、女子に対するあらゆる差別をなくし、男女平等の権利を確保することを目的とした国連の条約のことで、日本は1985年に批准している。

2022年4月の苦情を受けて埼玉県では、大学教授や弁護士らが務める「男女共同参画苦情処理委員」が調査を開始した。

委員は2023年8月、男女別学を設けているだけでは条約違反に当たらない、と判断した。

ただ委員は同時に、条約は「男女の役割について定型化された概念の撤廃」を求めていると指摘。

県教委に対して、共学化を早期に実現すべきだと勧告し、今年8月末までに方針を報告するよう求めた。

共学化に賛同する市民団体は今年4月、記者会見で「公教育は誰に対しても開かれるべきだ」と訴え、男女別学は教育機会の均等に反すると主張した。

他にも共学化に賛成する意見としては「異性への差別や偏見の解消につながる」「トランスジェンダーの生徒は別学に通うのが難しい」といった声がある。

一方、共学化への反発も湧き起こった。

いずれも県内トップレベルの進学校である男子校の浦和高(さいたま市浦和区)や、女子校の浦和第一女子高(同)の同窓会長らも4月、記者会見を開き「共学化は学校選択の多様性を奪うことになる」と語った。

共学化に反対する関係者らは「伝統的な校風など特色が失われる」「異性が苦手な生徒にとっては別学の方がいい」などと指摘する。

7月下旬には、県内公立校の在校生約50人が、別学維持を求める約3万4千人分の署名を県に提出。

参加した女子高校に通う生徒(16)は、自身も別学によって救われた経験があるといい「中学生が別学を選ぶ権利を守りたい」と話した。

ただ、同じ別学の関係者の間でさえも賛否は割れた。

浦和高の同窓生を対象に行われた県教委の意見聴取会では「男子校でしか維持されない伝統などたいしたものではない」という発言に「帰れ」などとやじが飛ぶ一幕も。

浦和高の卒業生で、共学化に賛成する意見書を県に出した埼玉県川口市の碇康雄市議(61)は「社会のリーダー育成を教育目標とするなら、同じように男女がいる方が良い」と話す。

意見書に名を連ねた東京学芸大の岩田康之教授(61)も「文武両道の浦高らしい行事や教育を残したまま共学化することもできる。女性の後輩が社会で活躍する姿を見たい」とする。

県教委が今回の結論を出す前に、県内の中高生やその保護者を対象に実施したアンケートでは、記名のある回答約6万5千件のうち高校生は6割弱が「共学化しない方がよい」と答え、「した方がよい」は1割未満だった。

中学生は「どちらでもよい」が半数超を占め、世代でも違いがあった。

共学化について、約1年間にわたり検討してきた埼玉県教委は今年8月22日、県立の別学高計12校について「県教委が主体的に共学化を推進していく」とする報告書を公表した。

ただ、いつまでに共学化するのか、段階的に進めていくのか、といった具体的な見通しには触れず、何とも歯切れの悪い結論にとどまった。

「さまざまな声を擦り合わせることは困難だった」。

県教委の日吉亨教育長は報告書公表後、県庁で開いた記者会見で、苦渋の表情を浮かべた。

報告書では、別学にも県民から一定のニーズがあり、埼玉では県立高の共学校、男子校、女子校を選択できる状況にあることから「男女の教育の機会均等を確保している」との認識を示した。

一方、高校の3年間に「男女が互いに協力して学校生活を送ることには意義がある」と指摘。

少子化が進む中、多様な個人の希望に応じた進学先の選択肢を用意することが求められることから、高校の在り方を総合的に検討する中で共学化を進めると結論付けた。

実は、埼玉県では共学化の議論が約20年前にも起きていた。

県教委は2003年3月、共学化を進めていく立場としつつも「本県の数少ない別学校は多くの県民からの強い支持があること、学校の主体性を尊重する必要があることなどから、早期の共学化を実現するという結論に至らなかった」としていた。

県教委は今回、20年の時を経て改めて議論を重ねたが、共学化を決めるには至らなかった。

ただ日本各地では男女別学の公立高の共学化が進んでいる。

文部科学省の学校基本調査によると、1990年は261校(男子84校、女子177校)あったが、ジェンダー意識の変化や少子化の影響などで徐々に減少。

2023年は45校(男子15校、女子30校)と6分の1になり、全公立高に占める割合は1.3%となった(生徒数減少に伴い在校生が男子だけ、女子だけの共学校も一部含まれる)。

地域で見ると、東北では宮城県では2001年度に22校あったが、2010年度までに全て共学化。福島は2003年度までに、秋田は2016年度までに共学化した。

関東には多く残り、埼玉12校、千葉2校がある。12校の群馬は、2025年度に男子校と女子校各1校を統合する。

ただ8校がある栃木県では「共学化を求める組織的な動きはない」(栃木県教委)といい、地域によって温度差があるようだ。

西日本では例えば、和歌山県内唯一の公立女子高が今年3月に閉校した。

鹿児島は4校のうち、男子高1校が2026年度から女子生徒を受け入れる。

埼玉県教委は報告書を公表した5日後の8月27日、県内の高校生たちと意見交換会を開いた。

そこでは生徒側から、共学化推進方針への不安の声が上がった。

「反対の署名が集まっているのになぜ進めるのか」

「『推進する』ではなくて『議論する』ではダメなのか」

県教委側は、共学にも別学にもそれぞれ意義があることは把握しているとした上で、少子化を大きな理由の一つとして挙げ「別学校、共学校という選択肢以上に、農業や工業、福祉など学びの選択肢を確保できることが大切だと思っている」と説明した。

今回の議論を専門家はどのようにみているのだろうか。

女子栄養大の橋本紀子名誉教授(教育学)は、埼玉県教委の結論の曖昧さをこう批判する。

「共学化の時期や手順が全く明示されておらず、不十分だ」

その上で、今後のプロセスについて次のように話した。

「共学化の教育効果については長期的な検証が求められ、生徒たちがどのような場面で性差を感じるのかを丁寧に聞き取ることが重要。県教委は学校が公費で運営されていることを踏まえ、今後は有識者を交えた委員会を立ち上げるなどして、男女共同参画社会実現に必要な教育について具体的な検討を進めてほしい」

また、昭和女子大の友野清文特別招聘研究員(教育史)は「少子化で高校の統廃合が進めば、ジェンダーの議論とは関係なく共学化が進む。大切なのは別学か共学かの選択より、男女共同参画やジェンダー平等実現のための教育内容の在り方であり、今回の問題を契機として真剣に議論すべきだ」と話した。

参照元:Yahoo!ニュース