他人の前で「動けなくなる」障害と生きる17歳少女と母の挑戦 お菓子工房が話題となるも新たな困難が

パティシエがお菓子を作っているシーンを撮影した写真

他人の前では動くことも、しゃべることもできなくなってしまう「場面緘黙(かんもく)症」という障害があるパティシエの少女を取材したのは2021年の年の瀬のこと。

店舗兼工房を立ち上げ、お菓子の販売を始めた母は、娘が障害を克服するのではなく「ハンディと共に生きていく道」を必死に模索していた。

あれから約3年。

母と子は、その後をどう歩んでいるのか。

滋賀県近江八幡市に住む杉之原みずきさん(17)。

特別支援学校2年生の彼女は、家の中では家族と普通に会話ができるが、他人の前など不安を感じる場に立つと、動くことも声を出すこともできなくなってしまう「場面緘黙症」と、自閉症スペクトラムという複雑な障害の当事者だ。

診断されたのは小学校入学前。

母の千里さんいわく、兄と一緒なら小学校に登校はできるが、家族と離れた教室では「固まってしまう」状態になる。

じっとだまって机に座ったままで、トイレにも行けず給食も食べられなかった。

「何もできひん(できない)子」

無邪気さゆえだが、子どもたちから、そんな風に言われたこともあった。

次第に学校に行かなくなり、家に閉じこもるようになったみずきさんだが、千里さんがスマートフォンを買い与えると、料理作りのアプリにハマり、お菓子作りに没頭するようになった。

小学生にして、しかも独学で、家族も驚くほどの独創性のあるおいしいケーキやお菓子を次々に作る。

SNSに写真を載せると、たちまち評判になった。

障害が治らないだろうか。

そんな思いにとらわれ、泣いてばかりの時期があった千里さん。

お菓子作りの才能に、ひと筋の「光」を感じ、2020年1月に「みいちゃんのお菓子工房」をプレオープン。

地元のテレビ番組などで紹介されたこともあり、開店の日には行列ができたり、ホールケーキの予約がひっきりなしに入るほど、大きな反響を呼んだ。

障害を克服するのではなく、「障害とともに生きていく道」を探る。

そのころには、千里さんの思いも大きく変わっていた。

みずきさんが義務教育を終えた昨年春に、満を持して店をグランドオープンさせた。

だが……。

反響がうれしかった一方で、そんな“ブーム”は、みずきさんが本心から望んだものではなかったようだ。

納品日に合わせて、忙しくホールケーキを作り続けるうちに、それがノルマのようになってしまったのかもしれない。

千里さんは、みずきさんの異変に気が付いた。

「店をグランドオープンして少したった頃から、あんなにお菓子作りを楽しんでいたみずきが、だんだんしんどそうな様子になってきたんです。きちんと届けないといけないことを本人も分かっていて、精神的につらくなったのでしょうね」

実は、しんどかったのは千里さんも同じ。

想像もしていなかった反響にどう対応すれば良いのか。

すべてが後手後手になり、振り回されてしまっていた。

今のままでいいのだろうか……。

千里さんは、まずはケーキの予約数を絞る決断をし、みずきさんが店でのテイクアウト商品だけに注力できるようにした。

開店する日数と商品の種類も減らした。

追い風には乗らず、あえて立ち止まる選択をした千里さん。

すると、なぜかまたいい方向に風が吹いた。

今年2月。

千里さんが出版社からの依頼を受けてまとめた、お菓子工房のことも書かれている本の出版イベントに、みずきさんと連れ立った。

障害の特性を知らなかったのか、ある参加者がみずきさんに、本へのサインをせがんだ。

人前で字を書くなど、絶対にできなかったみずきさん。

こんな場面では、いつも通り「固まってしまう」はずだった。ところが。

みずきさんは自らペンを持って、自分の名前と日付を本に書いた。

その光景に、千里さんは目を疑った。

「まさか、でしたよね。なんでだろうって考えたのですが、お店のことが書いてあるから『自分の本』だという意識があったんじゃないか。『自分の本』にサインをお願いされたことがうれしくて、すすんで動くことができたんじゃないか。みずきの、知らなかった一面が見えたように思えたんです」

母の“予感”は当たっていた。

みずきさんが自分から動く場面が増えたのだ。

店舗兼工房では、客と対面して「固まらない」ように、曇りガラスの向こうで作業をしていたみずきさん。

だが、施設を間借りして、客数を限定した「一日カフェ」を開くと、客側から丸見えのカウンターでお菓子を作ったり、並べることができるようになった。

「ある一日カフェのイベントで、私がお客さまへのあいさつに席を回っていたのですが、振り返ったらみずきが後ろにいて、びっくりしたんです。『あれ、ついてきてるやん。なんで?』って」

一日カフェでサインや写真をせがまれると、自分から前に出ていくようになった。

以前は考えられなかった姿だ。

商品へのこだわりが強く、千里さんの意見は、ほぼすべて突っぱねるほど職人気質のみずきさん。

殺到する予約に合わせて工房で「数」をこなすことではなく、店を開き、限られたお客さんに、こだわって作ったお菓子を食べてもらい、「おいしかった」などと生の声を聞き、笑顔に接する。

「お客さまの『熱さ』が伝わる。それがみずきにとってのやりがいなんだと確信しました」

そんな大きな気付きを得て、最近は外でのイベントに営業をシフトしつつあるという。

来年は最終学年になるみずきさん。

経営をどう成り立たせていくか、直面する課題は少なくない。

それでも、千里さんは穏やかだ。

「たくさんの反響をいただいて、忙しくなりすぎて冷静さを失って、それがしんどくなって、立ち止まって。いろいろなことが一巡して、やっと原点に戻れた気がします。細々でいいから、みずきが楽しく続けられるお店を作りたい。それが、すべての始まりだったんですよね」

今、やっとスタートラインに立った。そんな風にも感じているという。

参照元:Yahoo!ニュース