「医療費が食い物にされている」訪問看護師たちのMeToo運動 難病や末期向け老人ホーム、精神科で「不正、過剰な報酬請求」
パーキンソン病などの難病や末期がんの人を対象にした有料老人ホームで、過剰な訪問看護や不正な診療報酬の請求が相次いで指摘されている。
記者が今年1月、精神科の訪問看護について同様の問題を報じて以降、「私の勤務先でも同じことをやっています」「うちの会社とそっくりです」といった声が看護師から続々と届いている。
さながら「MeToo運動」のようだ。
会社に情報提供者を特定される「身バレ」の不安を感じながら、それでも看護師たちが内部告発するのはなぜなのか。
肉声を聞いてほしい。
「こんなことをやっているのかと、カルチャーショックでした」
国の指定難病の一つ、パーキンソン病専門の有料老人ホームを各地で展開する「サンウェルズ」(本社・金沢市)。
今年同社に転職した看護師の綿引歩さん(仮名)は、取材にそう話した。
サンウェルズは「PDハウス」という名称で北海道から熊本県まで老人ホームを約40カ所運営。定員は計約2千人。
PDはパーキンソン病の英単語の頭文字だ。
社長の苗代亮達氏(51)が若い頃に大病を患ったことをきっかけに、2006年に前身の会社を金沢市で設立。
ホームに併設する形で入居者向けに訪問看護と訪問介護のステーションも運営している。
ここ数年で事業を急拡大し、今年3 月までの4年間で売上高は約5倍、経常利益は約13倍に増えた。
社員は約2700人いる。
今年7月には東証プライムに上場。
医療・介護業界では注目株の会社だ。
そんな会社で綿引さんが「カルチャーショック」と感じたことは何なのか。
「入居者の睡眠状況を検知するセンサーが各居室に設置されているんですが、夜間にモニターの画面を見て、眠っているのを確認しただけで『2人で訪問看護を約30分した』ことにして、診療報酬を請求しているんです」
夜間に看護師が居室のドアを開け、数十秒~数分で安否確認した場合でも、やはり2人で約00分訪問したように記録しているのだという。
「私が勤務するホームでは、ほとんどの看護師がそうしたことをしている」と綿引さん。
訪問看護は制度上、原則30分以上と定められている。
数十秒や数分では報酬は請求できない。
虚偽の記録で請求すれば、不正受給に当たる。
綿引さんが「おかしい」と感じていることがもう一つある。
「入居者の症状や必要度に関係なく、1日3回、複数人で訪問することが最初からほぼ決まっているんです」
訪問看護の回数や訪問するスタッフ数は、医師の「訪問看護指示書」に基づき、患者の状態に応じて看護師が判断するのが本来だ。
共同通信は綿引さんの証言を裏付けるサンウェルズの社内マニュアルを入手した。
訪問看護の計画書や報告書の記載フォームに「1日3回」「複数人で訪問」を「必須で入力」などと書いてある。
PDハウスの訪問看護については、綿引さんのほかにも複数の看護師がほぼ同じ内容の証言をしている。その看護師たちは次のように話した。
「上司に異を唱えても『うちはそれで成り立っているんだから』『社員像にそぐわない』と言われた。後ろめたい気持ちがして、辞めた」
「会社の利益のために国民の税金や保険料を食い物にしているとしか思えない」
サンウェルズに見解を問うと、不正請求の指摘に対しては「過去に一部職員の知識不足で類似事例があったが、未請求または自主的に返還した」と回答。
訪問回数や複数人での訪問については、要旨として次のように答えた。
「入居者の95%が1日3回以上の訪問看護を受けているが、主治医の指示に基づき適切な訪問計画を立て、入居者や家族の同意を得ている。主治医のほとんどは神経内科の専門医で、指示は専門的知見に裏付けられている。複数人での訪問は入居者の約9割が利用している。パーキンソン病に伴うさまざまな症状で転倒の危険があるため、複数人での訪問が重要と考えている」
共同通信が9月2日に記事を配信した翌日には「(過剰な訪問看護や不正請求といった)事実は一切ない」との声明を発表。
同20日には「事実関係や問題の有無を明確にする」として、弁護士らによる特別調査委員会の設置を発表した。
関西の有料老人ホーム大手「スーパー・コート」(本社・大阪市)についても、現・元社員の看護師たちが話してくれた。
同社はホテルチェーン「スーパーホテル」と同一グループで、関西で老人ホームやパーキンソン病専門住宅を約50カ所運営。
入居者向けの訪問看護ステーションも併設している。
「夜、看護師が1人で入居者さんの部屋へ行き、ドアを少し開けて、眠っていることを確認しただけでも『2人で30分訪問した』ように記録を書いて、報酬を不正請求しています」
スーパー・コートで働く看護師、三好愛菜さん(仮名)はそう話す。PDハウスについて綿引さんが証言したのと同じことが行われているというのだ。
「上司から『1日3回は絶対行って』と言われる。『必要ない人もいます』と言うと、『そこは考え方次第だ』とか『会社の命令だから』という答えだった」
共同通信は、同社が今年1月に各ホームの施設長らを集めた会議の議事録を入手した。それによると、役員が2024年度の目標として、複数人での訪問を100%にするよう指示していた。
三好さんはこう話す。「役員が施設長たちに『なんで目標を達成できてへんのや』と圧をかけるので、施設長たちはおびえて言いなりになっている」
厚生労働省に見解を尋ねると、こう答えた。「複数人での訪問が必要かどうかは、あくまで患者の状態に応じて判断すべきで、一律に割合を指示するのは不適切だ」
会社側はどう考えているのか。スーパー・コートに取材すると、次のように回答した。
「複数人での訪問看護に関する目標値は、必要と思われる入居者に実施できていないケースがあるため、必要な方全てに対応できるようにするためだ。過剰な診療報酬の請求には当たらないと考えている。訪問回数も必要性に応じたものだ」
「不正請求」との指摘に対しては「会社として指示した事実は一切ない。過去に発生した過誤請求については、既に返還した」としている。
▽「声を上げないと」
記者はこの問題について取材を始めた昨年秋以降、複数の会社の看護師20~30人に話を聞いた。
読者の中には「お金で情報や文書を買っているのだろう」と思う人もいるかもしれないが、金銭のやりとりは一切ない。お金を求められたこともないし、そういう取材はしていない。「どうして話そうと思ってくれたんですか」。そう聞くと、次のような答えが返ってきた。
「『会社に報復されたら、どうしよう』という怖い気持ちはあるけど、このまま野放しにしてはいけないと思う」
「こういうことが行われているとは、国も一般の人たちも知らないのではないか。声を上げないといけないと思った」
「『こんなのは看護じゃない』と思うことをやらされて、悔しい」
▽制度の構造的な問題も
何人かは訪問看護の制度に対してもモヤモヤした思いを吐露した。どういうことか。
公的医療保険を使った訪問看護は原則、週3回までと決まっている。だが、難病や末期がんなどの患者の場合は、毎日3回まで診療報酬を受け取れる。複数人で訪問したり、早朝や夜間に行ったりすれば、加算報酬も得られる。
看護師が患者の状態をアセスメント(評価)して必要性を判断するのだが、看護師が「必要ない」と思っても、会社側が「必要だ」と言い張れば、それが報酬目的の過剰な訪問であっても、まかり通ってしまうという構造的な問題がある。線引きは難しいため、行政が「この患者に複数人での訪問は必要ない」などと断定することは事実上、不可能だ。
もう一つの「モヤモヤ」は制度と実態が合っていないということだ。医療保険の訪問看護は原則、30分以上でないと報酬を請求できない。例えば、老人ホームで難病の患者に1回当たり10分ほどで1日10回訪問しても、報酬は一切受け取れないことになっている。
実際、看護師たちによると、PDハウスとスーパー・コートどちらでも、報酬を請求できない頻繁な訪問をしているケースがあるという。事業者によっては「報酬を受け取れない訪問をしているのだから、ほかで埋め合わせてもいいではないか」という心理が働く可能性もあるだろう。
このため、介護業界からは老人ホームの訪問看護の報酬について、実施した分を受け取る現在の「出来高払い」ではなく、一定額の「包括払い」に変更すべきだとの提案も出ている。
▽取材後記
不正や過剰な報酬請求が指摘される会社は、総じて看護師の給与が高めだ。病院勤務に比べると負担が重くないこともあって、看護師が転職してくる。
一方で、人手不足に陥っている病院や施設もある。本当に必要なところに看護師が配置されず、過剰な訪問看護をするために人手を集められたら、医療提供態勢全体がいびつになってしまう。
実は、内部告発があっても記事にできているのは一部だけだ。「同じようなことをしている」という情報が他の事業者についても寄せられている。医療は国民の保険料と税金で賄われる「公共財」だ。事業者には、節度のある経営を望みたい。
参照元:Yahoo!ニュース