8歳の息子は目の前で死んだ 猪苗代湖ボート事故4年、癒えない遺族の悲しみと「水上法律の壁」

過去の事件を振り返っている人

家族でウオータースポーツを楽しんでいた当時8歳の男の子がプレジャーボートのプロペラに巻き込まれ、母親の目の前で亡くなった。

ボートを操縦していた男が逮捕されたのは事故から約1年後。

公判中笑みを浮かべていたという男には実刑判決が言い渡されたが、男は即日控訴し、保釈された。

「自らの罪に向き合い償ってほしい」と切実に願う遺族にとっては、憤怒と慟哭が渦巻く地獄のような日々が続いている。

一方、事故を生む背景には「水上法律の壁」があると専門家は指摘する。

「今の法律では悲惨な事故は防げない」と警鐘を鳴らす。

そして、事故をめぐる控訴審は発生から4年以上が経過した9月30日にようやく始まる。

千葉県野田市の豊田瑛大くん(当時8歳)はスノーボードが大好きで、明るくて笑顔を絶やさない、家族にとっては太陽のような存在だった。

2020年9月6日、瑛大くんの家族は福島県にある猪苗代湖を訪れ、ウオータースポーツを楽しんでいた。

瑛大くんと母親はライフジャケットを着用し、湖面に浮かびながらトーイングスポーツの順番を待っていた時だった。

突然、猛スピードのプレジャーボートが突っ込んできたという。

母親の脳裏には今も地獄のような光景が鮮明に焼き付いている。

「ボートの大きく鈍いエンジン音が聞こえてきて、振り返ったらすぐ近くにいるなんて…。瑛大も気づいたのか、目をまん丸くしていて、まさかこっちに来ないよなという表情だった」。

逃げる間もなく、2人はボートのプロペラに巻き込まれてしまう。

母親は、下半身に激痛が走る中、気が付くと目の前には変わり果てた息子の姿があった。

上半身と下半身がバラバラになっていた。

「死んじゃったというのが一目見てわかって…。なんであんなことに…」。

母親は足の感覚を失い、かろうじてつながっていた状態だったという。

すぐに病院に搬送されたが、意識不明に陥った。

緊急手術で奇跡的に一命を取り留めたが、両足を切断した。

当時、現場の近くにいたという父親も凄惨な光景を目の当たりにした。

突然、愛する息子を奪われた深い悲しみが心を覆う日々が続いたという。

「どこ行っても…ついこの間、一緒に来たよなと思う。スーパーで買い物しながら、涙が出てくる…」。

それから1年が経った2021年9月に、業務上過失致死傷の容疑で逮捕、起訴されたのはいわき市の元会社役員、佐藤剛被告(当時44歳)、事故を起こしたボートの操縦者だった。

瑛大くんの父親はすぐに息子に報告したという。

「ようやく警察が逮捕してくれたよ、まだまだこれからだから、まだまだ頑張るよって」。

しかし、佐藤被告は逮捕直後は「身に覚えがない」と容疑を否認。

その年の12月に始まった初公判では「事故を起こしたことに争いはない」としたが、「被害者には気づかなかった」と無罪を主張した。

裁判では、佐藤被告の友人が事故直前に撮影した動画や福島県警、国の機関が行った検証結果などが証拠として提出された。

さらに、検察側は佐藤被告が事故の捜査を受けていた期間も船舶を操縦、公判で笑みを浮かべるなど、事故に真摯に向き合う姿勢は皆無であると厳しく指摘した。

瑛大くんが亡くなって2年半あまり、公判は7回にのぼった。

福島地方裁判所の三浦隆昭裁判長(当時)は「適切な安全確認をしていれば、被害者らを発見し、進路変更して衝突を回避できた」などとして、禁錮2年の実刑判決を言い渡した。

瑛大くんの母親は傍聴席から判決を聞く佐藤被告をじっと見ていた。

「判決が出るギリギリまで無罪が出てしまうのではないかとすごく不安で、実刑で禁錮2年と聞いて、涙が出ました。1人1人の意識がこの事故をきっかけに変わってくれれば、何か少しでも変わるのではないかと期待したい」。

公判後、父親は判決に不満を漏らす場面もあったが、ようやく瑛大くんの死と向き合えるのではと語った。

「たったの(禁錮)2年ではとても瑛大に報告できないし、誰のための法律なのか…。ただ、これまでは事故のことばかり考えていて、もう少し瑛大と向き合える時間をそろそろ作らせてくれと思う。」。

しかし、佐藤被告は即日控訴し、保釈された。

その控訴審は瑛大くんが亡くなってから4年以上が経過する今月30日にようやく始まる予定である。

事故後、母親は義足での生活が強いられている。

「事故も最近のように感じるし、いまだに瑛大がいないのは信じられない気持ちが大きい」。

父親は精神科に通い、仕事に手が付かない日々も長く続いた。

癒えることのない深い悲しみを抱え続けている。

「4年も経って、まだうちの件(裁判)も終わっていない。ずっと辛い、どうすることもできないので、ただ…悔しい」。

悲惨な事故を生み出した背景には「水上法律の壁」が存在しているという意見がある。

交通事故などの裁判を多く担当してきたベリーベスト法律事務所の齊田貴士弁護士は、安全対策を進める上で基準となる法律が甘いと指摘する。

「モーターボートの価格が何百万円とする中で、何十万の罰金をどうと思わない人も多いのではないか。現状の法律では抑止力は薄く、悲惨な事故は防げない」。

車による死傷者が出る重大な交通事故の場合、「危険運転致死傷罪」が問われる可能性があり、最大20年以下の懲役が科せられる。

しかし、船舶の危険操縦を取り締まる刑事罰はほとんど存在しない。

過失が認められる重大な事故が発生した場合でも、今回のボート事故と同じ、業務上過失致死傷の罪に問われ、5年以下の懲役・禁錮、または100万円以下の罰金が上限となっているという。

自治体によっては独自の条例を設けることもあるが、現行法律の罰則以上のものはない。

「車であろうと、船舶であろうと、起こした重大な結果、失われた命に違いはない。しかし、水上の刑事罰が創設されない背景には国民による世論が影響しているのではないか…」。

「危険運転致死傷罪」が制定されたのは2001年、きっかけとなったのが1999年に東名高速道で飲酒運転のトラックが普通乗用車に衝突し、女の子2人が亡くなった事故だった。

トラックの運転手は業務上過失致死傷罪などに問われ、懲役4年の判決を受けたが、結果の重大さに対する刑罰が軽すぎると、反発する世論の声が高まり、その後、法律が新設された。

一方、水上の場合、船舶の利用範囲や期間、利用する人が限定され、毎日起こる車の事故のように「自分事」として捉えることは難しく、法改正につなげられるほど、世論の声は高まっていない。

それでも齊田弁護士は「刑の不平等・不均等が生じている以上、改正が望まれる」と訴える。

海上保安庁の調べによれば、過去3年間(2021年~2023年)に起きた船舶の事故隻数は5,623隻で、このうち猪苗代湖の事故と同じプレジャーボートの事故隻数は半数以上を占める2845隻、死亡・行方不明者は47人に上っている。

猪苗代湖では、痛ましい事故を二度と起こさないよう、今年の7月から河川法に基づき、岸から300メートルの範囲をモーターボートが通れない「航行禁止エリア」にするなど、規制が強化された。

航行を制限する区域には、ブイが設置され、周辺には看板も立てられた。

そして、違反した場合は、河川法により、30万円以下の罰金が科せられるようになった。

水難事故に詳しい水難学会理事の斎藤秀俊さんは「一歩の前進だ」と話す。

「まず、今回のルールを安全安心な“猪苗代湖モデル”として構築できるのかが一番のポイントで、皆さんには『事故を起こさない』という意識を持ち続けてもらって、ルールの運用をしていって欲しい」。

現場ではエリア制限がわかりやすくなったとの声がある一方、ルールの周知に悩む声もある。

猪苗代湖でモーターボートの販売やレンタルなどを行う「磐梯マリーン」の秦郁子さんによれば、利用客の中には、これまでの思い込みで、ルールを違反してしまう場面もみられるという。

秦さんらは利用者に対し、規制区域を地図で説明するほか、ルールブックを渡して理解を促している。

瑛大くんはスノーボードが大好きで、「いつか大会に出たい」と話していたという。

母親は少しでも生前の瑛大くんのこと、そして事故のことを多くの人に知ってもらおうとSNSで発信を続けている。

息子の命を決して無駄にはしたくない、そして、悲しい事故がふたたび起こらないために。

「利用する一人ひとりが他人事と思わず、気をつけることが一番だと思うし、猪苗代湖に限らず、水上でのレジャー全体的に対策をもっと強化していくべきなのかなと思う」。

参照元:Yahoo!ニュース