1カ月前に突然「閉鎖します」 全国で障害者が次々解雇のなぜ、カギは「A型」5000人、過去最多を5カ月で突破
今年4月下旬、大阪府内で働く草加遼さん(24)=仮名=は事業所のスタッフに「話がある」と声をかけられた。
面談して告げられたのは、寝耳に水の話だった。「来月末でうちは閉鎖します」
草加さんには軽い知的障害がある。高校を卒業してから約5年間、この事業所でホテルの清掃やポスティングなどの仕事に従事してきた。
なぜ閉鎖するのか、説明はなかった。
閉鎖に伴って草加さんは解雇されることになるという。
次の仕事はどうしたらいいのか。
突然の話に草加さんは動揺した。
実は、草加さんと同じように、今年春から全国で障害者が次々と解雇されている。
その数、ざっと5千人。
1年間の過去最多記録をわずか5カ月で突破する勢いだ。
いったい何が起きているのか。
キーワードは「A型」だ。
解雇を告げられた草加さんはその後、ほかの複数の事業所を招いて開かれた転職説明会に参加したが、勤務地など希望条件に合うところはなかった。
でも、事業所はそれ以上何もしてくれない。
閉鎖の5月末が迫る中、草加さんから話を聞いた福祉の相談支援専門員が運良く、別の事業所を紹介してくれた。
体験勤務を経て何とか再就職が決定。
今度は民泊施設の清掃の仕事だ。
「もうちょっと早く(閉鎖のことを)言ってほしかった。一緒に働いていたほかの人たちはハローワークに行ったりしていたけど、次の仕事が決まっていない人もいるみたい」。
草加さんは少し腹立たしそうに話した。
草加さんのように仕事先が閉鎖し、解雇される障害者がどれぐらいいるのか、共同通信は都道府県、政令指定都市、中核市に調査した。
その結果、自主退職などの人も一部いるとみられるが、今年3~7月の5カ月間で約5千人に上ることが分かった。
厚生労働省によると、データがある1999年度以降で障害者の年間解雇数が最も多かったのは、2001年度の4017人。
今年はかつてない規模になっている。
解雇が相次いでいるのは「就労継続支援A型事業所」というところだ。
この長い名前、どういう事業所なのか。
まず、障害者が働く場所は大きく分けて二つある。
一つは他の多くの人と同じように一般企業。
もう一つは福祉のいわゆる「作業所」。
違いは企業で働く場合は雇用契約を結び、最低賃金など労働関係の法律が適用されることだ。
一方、作業所は福祉の領域なので「労働者」ではなく、最低賃金も適用されない。
傾向としては、企業で働く人は障害が軽く、作業所は重い人が多い。
この両者の中間的な存在として2006年に誕生したのが前述のA型事業所だ。
「企業で働くのは難しいけど、作業所の仕事は簡単すぎる」。
障害が軽めのそんな人を主な対象に、国が制度をつくった。
雇用契約を結び、最低賃金が適用される
働く人は福祉の利用者でもあり、労働者でもある。
全国に約4600カ所あり、8万人強が働いている。
障害の種別を見ると、精神障害の人が最も多く、半分を占める。
次が知的障害者で約3割、残りが身体障害者だ。
なぜ「A型」と言うのかというと、いわゆる作業所のほうを「B型事業所」と名付け、区別したからだ。
では、A型事業所で今、解雇が続いているのはなぜなのか。
それは、A型が福祉の事業所であることと関係している。
障害福祉の事業所には国から毎月、報酬(給付金)が支給される。
事業所の種類や利用者の障害の重さなどによって金額が細かく決まっていて、3年に1回改定される。
今年は改定の年に当たり、2月に内容が発表され、4月に実施された。
その中でA型事業所には大きな変更があった。
A型事業所は原則、事業の収益から障害者の賃金を支払わなければならない。
だが、中には国からの報酬や助成金を目当てに事業を始め、障害者には公費から最低限の賃金を払い、利益を上げようとする事業者がいる。
以前から問題になっていて、厚労省が2017年に対策を講じた際も、岡山県などで閉鎖と大量解雇が生じていた。
厚労省はその後も事業所に経営改善計画を提出させるなどしてきたが、状況はあまり変わらず、質の低いA型は存続。
そこで、今年4月の報酬改定では事業の収益で賃金を支払えていない場合は、報酬を大幅に引き下げた。
そのため、経営が成り立たなくなった事業所が閉鎖に追い込まれているのだ。
共同通信の調査では、今年3~7月に閉鎖したA型は全国で329カ所。
地域別に見ると、元々A型が多くある大阪、愛知、岡山、北海道などで目立つ。
329カ所のうち4割強は、最低賃金が適用されないB型事業所に移行。
この場合も利用者は原則解雇されるが、B型で働き続けることはできる。
ただ、収入は減る可能性がある。
そのほかの人たちは別の事業者のA型・B型に移るといった道があるが、行き先が見つかっていない人もいそうだ。
A型の運営事業者は今回の事態をどう受け止めているのか。
「報酬引き下げの影響は予想していたが、解雇や退職が約5千人というのは思ったよりかなり多い」。
「就労継続支援A型事業所全国協議会」の久保寺一男理事長はそう話す。
報酬引き下げ自体については「問題のある事業者が一部いたのは確かで、仕方ない」と理解を示す一方、「もう少し緩やかなやり方でもよかった。私たちの間でも賛否両論がある」と複雑な顔を見せる。
「事業の収益で賃金を賄えていない事業所が報酬引き下げの対象になったわけだが、真面目に経営していても収支が厳しい場合がある」と久保寺さん。
「例えば、障害が重い人を労働者として処遇しようと、頑張って受け入れているケースなどだ。まっとうな事業所も影響を受けていないか、国は検証して次回の報酬改定で考慮してほしい」。そう訴えた。
閉鎖した事業所に対する行政の対応には、不満や疑問の声が上がる。
ある障害者団体の役員はこう話す。
「解雇にすると、運営事業者にとってはいろいろ不都合なので、利用者に自己都合の退職願を出させている例がある。そしてB型に転換し、ほかに選択肢はないかのような説明をして、利用者をB型に移す。利用者は弱い立場なので『仕方ない』と思ってしまう」
取材では、問題のある閉鎖事例がほかにも聞かれた。
ところが、全国の自治体への調査では「問題例があった」と答えたところは一つもなかった。
「そんなはずはない」。
A型事業所の実態に詳しいコンサルタント会社「インサイト」の関原深(ふかし)社長はそう話す。
「自治体の担当職員は2~3年で交代するので、知識やノウハウにばらつきがある。事業者が巧妙に説明したら、突っ込めない」と関原さん。
「だけど利用者は不利益を被っているので、本来は閉鎖を認める前にしっかり指導すべきだ。国は自治体向けに実践的な対応指針を作ったり、研修をしたりする必要がある」。そう指摘した。
閉鎖する事業所はもう増えないのか。関原さんは「10~11月ごろに『4月から半年続けてきたけど、やっぱり厳しい』となって、閉鎖の第2波が来るのではないか」と予想。
調査に対し自治体の1割強は「さらに増えると思う」と答えた。
A型事業所を巡っては、利用者そっちのけで利益を優先する「あしきA型」と呼ばれる事業者の存在が指摘されてきた。
今回の国の報酬引き下げは、問題のある事業者を退場させるという意味では一定、やむを得ないと思う。
ただ、そもそもそうした事業者の参入を許してしまったことが今回の事態を招いていることも指摘しておきたい。
モラルの低い事業者と、チェック不在の行政。精神障害や知的障害で力の弱い利用者はその間で翻弄されている。
A型は「福祉と労働のいいとこ取り」とも言えるが、自治体の福祉行政と国の労働行政の縦割りは否めない。
職員の人手不足もあって、指導やチェックは追い付いていないのが実情だ。
今回のことで不利益を被った人がまっとうな仕事に就けるよう、関係機関が連携して支援してほしい。
参照元:Yahoo!ニュース