駅で倒れた男性に心肺蘇生をした女子大生 「自分の行動は正しかったか」抱き続けた不安と葛藤 15年後の涙
一般の人が、目の前で倒れている人に救命処置を施した後に、心的ストレスを抱えてしまうことがある。
こうした場合、救助した人の心をどうケアしていくのか。
救命救急のあり方を考える上で、課題の一つとなっている。
大阪市のすがわらえみさんは、大学3年生の時、駅で倒れていた男性の救助活動に関わった経験がある。
今でも、当時のことを思い出すと、手が震えてくるという。
大学からの帰り道、友人5~6人と電車に乗り込んだ。
電車はなかなか発車しない。
気になって開いているドアの外の様子をうかがった。
すると、ホームの端に50歳代くらいのスーツ姿の男性が倒れていた。
「行かなくちゃ」。
自然と体が動いた。
友人にバッグを預けてホームの端へと急いだ。
男性は意識がなく、呼吸はしていないようだ。そばに立ちつくす駅員に尋ねると、救急車は呼んだという。
当時、その駅にAED(自動体外式除細動器)はなかった。
すがわらさんは1人で胸骨圧迫(心臓マッサージ)と人工呼吸を始めた。
ほかの乗客は車内から様子を見守っているだけ。
目の前の駅員に救命処置をお願いしても、怖くて手を出せないという感じだった。
「救急車はまだ来ないのか。遅い」。
時間の経過が緩やかに感じた。
胸骨圧迫と人工呼吸を3セットほど行ったところで、ようやく救急隊員が到着。
男性はあっさりと運ばれていった。
誰からも感謝やねぎらいの言葉はなかった。
自分の取った行動は正しかったのか?
電車に戻り、友人に預けていたバッグを受け取ると、我に返った。
「大変なことをしたんだな」
じわーっと怖さがこみ上げてきた。
それでも友人に対しては、何ごともなかったかのように明るく振る舞うように努めた。
「その場の空気を重くさせたくはありませんでした」。
当初の予定通り、皆と夕飯をともにした。
だが、その晩は1人になるのが怖くて、友人宅に泊めてもらった。
「電車に乗り込む前に、どうして気づかなかったのだろうか」
「胸骨圧迫をした際は、もっと深くまで胸を押した方がよかったのではないか」
「駅員さんに『手伝ってほしい』ともっと強く求めるべきだったのではなかろうか」。
目を閉じると、その時の場面がよみがえる。
自分が取った行動は本当に正しかったのかどうか、何度も何度も考えてしまう。
数か月後、一人暮らしの自宅に2人の見知らぬ女性が訪ねてきた。
遺族となった男性の妻と娘だった。お礼をしたいというのだ。
「男性が亡くなったと知り、助けられなかった現実を突きつけられた感じでした。2人の大切な方の最後の手当てをさせていただいたんだなと思い、その『重み』を改めて感じました」
本当に自分はできることはすべてやったのだろうか。
自問自答する日々は続いた。
その後、会社勤めをして結婚、出産し、専業主婦になった。
もともと水泳のインストラクターの仕事をしていたこともあり、毎年、夏になると、川や海で子どもの水難事故のニュースが多いことが気になっていた。
36歳になった時、心肺蘇生法の指導ができる「応急手当普及員」の資格を取った。
ある時、救命に関してネット検索をしていると、「倒れた人に居合わせて手当てをしたけれど、あれでよかったのかな」というSNSへの書き込みを見つけた。
それに対して自分も同じ経験をしたことを投稿すると、医療従事者や救命救急に携わっていると思われる人たちからたくさんのコメントが寄せられた。
「よく頑張りましたね」「手当てに着手したこと自体が成功です」「あなたが頑張ってくれたから、私たちも救急車で運べたんですよ」。
「手当てをしてよかった」。
初めて明確に、肯定的な言葉をかけてもらえたことがうれしかった。
「助からなかったから失敗ではないですよ」
中でも、この言葉には気持ちが救われた。
コメントを書き込んでくれた人たちに感謝するとともに、あの経験から15年ほどの時が流れ、やっと自分がした行動が「間違っていなかった」と分かり、涙があふれた。
すがわらさんは2021年2月、水難事故防止を推進するNPO法人を作った。
消防隊員や警察官、自衛隊員など、救助のプロフェッショナルでも、災害現場で悲惨な状況を目の当たりにすると、心身に不調を生じることがある。
これを「惨事ストレス」と呼ぶ。
この問題に詳しい筑波大学名誉教授(社会心理学)の松井豊さんは、「街中などで倒れている人の救助に携わった市民が、その後に不安感に襲われてしまうことも『惨事ストレス』と捉えていいのではないかと思います」と指摘する。
(1)悲惨な状況を目の当たりにしてショックを受ける
(2)救助中、周囲の人から「救命救急の専門家でもないのに、大丈夫なのか」などと、ヤジを飛ばされる
(3)救急隊員から感謝の意を伝えられることもなく、倒れていた人がすぐに運ばれてしまった
(4)搬送された人がどうなったのか、情報が入ってこない
(5)「素人の自分が手を出してはいけなかったのではないか」と自責の念に駆られる
上記のことが、不安を抱く要因になるという。
松井さんは「ストレスを感じたら、一人で抱え込まず、誰かに気持ちを話すようにしてほしい」とアドバイスする。
総務省消防庁によると、2022年に心臓病が原因で心肺停止になり搬送された人のうち、すぐにその状況に気づいた一般の人が救急隊員の到着前に応急手当てを施した場合、1か月後の生存者数の割合は12.8%だった。
松井さんは「応急手当てをしても、多くの方が亡くなっているという事実を知ってほしい。ただ、亡くなったのは救命救急に携わった人のせいではありません。その場で人の命を救おうと活動したことだけで十分、称賛に値することなのです」と強調する。
同じ統計で、救急隊員の到着前に、応急手当てが施されなかった場合の1か月後の生存者数の割合は6.6%にとどまっていた。
手当てが実施されると、生存者数の割合は2倍近くになったことになる。
松井さんは、「倒れている人の命を救うには、その場にいた人が一刻も早く救命処置を始めることがきわめて重要です。だからこそ、現場に駆けつけた救急隊員は必ず、救命活動に関わった人に声をかけ、謝辞を伝えてほしいと思います。それだけでも、救命に関わった人が抱え込むストレスは、少なくなります」と話している。
参照元:Yahoo!ニュース