「人生が変わった」重い後遺症も 炎天下のスポーツと熱中症、高校野球“運動中止”の暑さでも「試合を消化しないと」
温暖化で様変わりした日本の夏。
スポーツの現場では今、熱中症になる人が相次いでいる。
炎天下のスポーツはどうあるべきか。
重い後遺症が残った男性と、対策を模索する現場を取材した。
毎日のように使っていたグローブ。
だが、この6年、身につけていない。
宮城県登米市の佐藤龍生さん22歳の人生は、熱中症で倒れた日を境に大きく変わってしまった。
佐藤龍生さん(22)「自分が熱中症になるとは全然思っていなかったことだったので。いろんな症状も重なって、助かるかわからない危ない状況でした」
幼い頃から野球一筋で、中学時代はエースとして活躍。
県内の強豪校に入って間もない高校1年生の夏、炎天下での練習中に、重度の熱中症で倒れた。
佐藤龍生さん「『休憩したい』といえる状況ではなかった。『体調が悪い』といっても、コーチから『気持ちが弱い』と言われる、自分も実際そういう風に言われていたので」
一命をとりとめたものの、佐藤さんには眼球が小刻みに痙攣し、無意識に目が動いてしまう「眼振」という重い後遺症が残った。
佐藤龍生さん「例えば横を見て、そのあとすぐに正面を見ると二重になって、すぐには直らない。たまに『めまい』がすることもあるので、急になったりするので、何をやるにしても休みながら」
医師の診断書には、重度の熱中症により脳の機能に障害が残ったことが記されている。
運転免許を取ろうとしたが、公安委員会は目の後遺症を理由に“不適格”とした。
佐藤龍生さん「免許は取れるのが当たり前だと思っていたので、その時は本当にショックだった」
佐藤さんの父 研治さん「免許を取れないので行動範囲も限られてくるので、できる限り行きたいところには連れて行くし、休みが合えば一緒に行動もする。『龍生の足になろう』とお互い話していましたし、家族みんなで支えていこうと決めました」
高校卒業後、就職もしたが、運転免許が取れないことで1か月後に自主退職に追い込まれた。
今はアルバイトをしながら正社員の仕事を探している。
佐藤龍生さん「地元だとどうしても、免許必須が多くなってくるので」
佐藤さんは、熱中症対策を怠ったまま炎天下での練習をさせたとして、学校に損害賠償を求める訴えを起こしている。
佐藤龍生さん「周りからは『熱中症から助かってよかったね』と言われるが、自分としては、助かったことでより苦しくなり、人生が終わるというか、何も楽しみがなくなって。そのまま助からないほうがよかったと思うことが何度もありました。本当に人生がまるっきり変わってしまった」
部活動での熱中症をめぐっては、学校側に法的責任を認めた例も多い。
高校のテニス部の練習中に倒れた女子生徒に重い障害が残ったケースでは、顧問の過失が認められ、兵庫県に2億3000万円の賠償が命じられた。
学校現場も熱中症には細心の注意を払うようになってきた。
全国大会に進む選手も輩出している、横浜市港南台第一中学の陸上部は基本、夏場の練習を早朝か夕方だけに制限している。
その上で、テントをはって日陰を作り、こまめに水分を取らせている。
さらに、氷水につけたスポンジを首や手足にあてて体を冷やしたり、休憩用にクーラーをきかせた教室を用意したりするなど、様々な対策を行っている。
生徒「とても涼しくて、体力が回復する感じがする」
だが、練習中の暑さ対策はできても、本番の試合ではそうはいかない。
港南台第一中学 陸上部顧問 田島聡 さん「夏に大会をやる必要があるのかどうかということも含めて、これから考えないといけないところにきている。一番は命だと思うので、子どもたちの命に関わらないよう、上手にできたらというのが一番」
特に問題となるのは夏場に集中している大会だ。
ことしも猛暑の中で行われた夏の甲子園。
今回から新たな暑さ対策として、日中を避けて試合を午前と夕方に行う『2部制』を導入するなどしたが、試合中に足がつり、倒れ込む選手が続出。
こうした熱中症疑いの選手は大会を通じて56人に上った。
観客らの熱中症疑いは282人だった。
真夏の炎天下、熱中症のリスクはどれほどのものなのか。
熱中症の専門家で医師でもある中京大学の松本孝朗教授が、高校野球の地方大会の中で最も参加校が多い、愛知大会で調査を行った。
試合が行われる9つの球場のうち、3つに暑さ指数=WBGTを測定する機器を設置した。
中京大学 松本孝朗 教授「スタンドのある大きな球場は、すり鉢状になっていて、熱がこもるリスクがある」
暑さ指数は気温や湿度などから熱中症のリスクを数値化したもので、「28」を超えると熱中症になる人が急増する。
「31」以上は命に関わるリスクが高まるとして、日本スポーツ協会は、「運動の原則中止」を呼びかけている。
日本サッカー協会はこの指針に基づき、2024年から暑さ指数が「31」を超えたら、ためらわず試合を中止するよう注意喚起を行っている。また、日本テニス協会は国際基準にあわせて暑さ指数「32.2」以上を中止の基準にしている。
一方、高校野球は違う。中止する暑さの基準がないのだ。
私たちが松本教授と調べた結果、6月下旬から7月にかけて3つの球場で行われた76試合のうち、68%の52試合が「運動は原則中止」とされる暑さ指数「31」を超えていたことが分かった。
中には、試合中の暑さ指数が「34」~「37」で推移し、球場内の最高気温が45.6℃に達した試合もあった。
選手「最初グラウンドに入ったときにサウナにいるような。外よりもだいぶ密閉された暑さ、蒸し暑いというか、言葉では表せないぐらい暑かったです」
試合でたまった疲れが抜けず、その後の練習で熱中症になった生徒も。
選手「足をつったり、体のけいれんがあったので、初めて(熱中症に)なったので大変怖かった」
日進高校野球部顧問 森啓介 教諭「実際、高校野球の現場ではなかなか(熱中症になったと)言い出しにくい。言ったら『弱い』と思われてしまうとか、そういうメンタルに子どもたちはなってしまうので、大人が気をつけなきゃなという風には思います」
「運動は原則中止」とされる暑さ指数をさらに上回る「33」以上の状態も、4割以上にあたる34試合で確認された。
愛知県教育委員会は2024年から、すべての県立高校に対し、暑さ指数「33」を超えた場合はすぐに屋外での部活や体育の授業を打ち切るよう通知を出している。
この状況を高野連はどう受け止めているのか。
――暑さ指数「31」とか「33」を超えている試合がみられたが?
愛知県高校野球連盟 鶴田賀宣 理事長「WBGT(暑さ指数)が『33』を超えるというのは、運動中止しなきゃいけない数字なのかもしれない。ただ、大会運営の中では試合を消化していかないといけないので、休憩を複数回入れながら、生徒の様子を十分にこちらが観察しておかないといけない」
2024年からベンチにスポットクーラーを配置したり、体調の悪そうな選手をチェックして個別にスポーツドリンクを配ったりと、念入りな熱中症対策をしながら運営にあたっている。
それでも愛知大会では選手や応援の生徒、保護者などあわせて64人が熱中症になり、うち11人が救急搬送された。
松本教授は4年前にも同じ球場で調査を行っている。
記録的な猛暑だった2020年ですら、7月に暑さ指数が「31」を超えた日は、7日間のみ。
しかし2024年は、28日間も「31」を上回った。
中京大学 松本孝朗 教授「このまま気温が上がり続けると、学校の体育の授業すら、屋外では中止せざるを得ないような暑い環境になってしまう」
実際に暑さ対策を徹底すると、運営にどんな支障が出るのだろうか。
8月上旬に鳥取県で行われた小学生の野球の全国大会。
日中の暑い時間を避け試合時間を朝(午前8時半~)と夕方(午後4時~)の2部制に。
さらに試合開始前と各回ごとにグラウンドの暑さ指数を測定し、運動は原則中止とされる「31」を超えた場合は試合を行わないことにした。
しかし、試合開始予定の午後4時でも気温が下がらず、いったんベンチで待機することに。
当初の試合開始予定から、30分が経過。
日が傾き、ようやく始まった試合。
しかし1回が終わったあとの計測で、またも暑さ指数が「31」を超え、1回で中断してしまった。
試合が再開できたのは午後5時を過ぎてから。
球場を使用できる時間が決まっているため規定の6回までは行えず、4回で打ち切りとなった。
鳥取でも記録的な暑さとなった2024年の夏。
他の試合でも、中断を繰り返すケースが相次いだ。
鳥取県スポーツ協会 吉岡千春さん「子どもたちが全国から鳥取に来てもらっているので、ぜひとも野球をして帰ってもらいたい」
主催者側も水をまいたり、窓を開けたりと、あの手この手で球場の温度を下げようとするが、それでも暑さ指数は「31」を下回らず。
予選を勝ち上がった全国16チームがトーナメントで競うこの大会では結局、全18試合中、規定の6回までできたのはわずか2試合だけだった。
中には1回の表裏で打ち切りとなり、0対0のまま“監督同士のじゃんけん”で勝敗を決めた試合も。
敗れたチームは、
松阪ファイターズ 久野勇貴監督「全国で1つ勝ちたい、という思いで一生懸命やってきたので。最後は監督同士のじゃんけんで敗退という形になったので、子どもたちはみんな泣き崩れていました」
選手「4番までで試合が終わって、僕が5番なので(打順が)回ってきませんでした。初めての全国大会で、1回で終わってそれで負けて、悔しかった」
試合の時間を、さらにずらすことはできないのか。
日本スポーツ協会 菊地秀行さん「(試合時間を)朝と夕方に分けたのは暑さ指数『31』を下回るようにということで。ちょっと予想よりは気温が上がっている。朝あまり早かったり遅かったりすると、子どもの体に負担がかかるということで。いろいろ考えながらも(試合時間をずらすのは)なかなか難しいところもあると感じています」
日中を避けて練習をさせるスポーツクラブも増えているという。
テラスポ鶴舞 坪井章憲所長「施設ができて7年目ですが、8月がこんなに空いていることはなかった」
名古屋市内のサッカー施設では、例年、夏休み中は日中の時間帯も練習や試合の予約でいっぱいだが、ことしは日中だけ空いていることが多いという。
テラスポ鶴舞 坪井章憲所長「暑い時間帯を避けて(予約を)取っている」
代わりに増えているのが、午後6時半以降のナイターの利用だ。
子ども「できればナイターでやった方が、良い状態でプレーもできる」
保護者「最近本当に猛暑がひどいので(日中は)心配です」
保護者「クラブチームは夜もできるが、部活も調整して夜間にできるとありがたい」
宮城・登米市に住む佐藤龍生さん(22)。
甲子園を目指していた6年前の夏、練習中に重度の熱中症で倒れ、脳に障害が残り目が勝手に動いてしまう症状に悩まされている。
佐藤龍生さん「どうしても気になるので野球は見ます。甲子園はずっと目標にしていたので、甲子園には特別な感じはします」
週に5日、地元のスーパーでパートの仕事をしているが、目の障害で運転免許を取れないため、父親に車で送ってもらっている。
佐藤龍生さん「野球を真夏にやる気持ちは、自分もやってた側なのでわかるんですけど、それ以上に熱中症になって自分みたいになると、人生が全部変わってしまうので、自分の体を一番に考えてやってほしいと思います」
参照元:Yahoo!ニュース