「お金の誘惑に負けなければ…」闇バイトに加担した元大学生が法廷で語った“後悔” 被害者は死亡 「ルフィ」グループによる狛江市の強盗致死事件
「お金の誘惑に負けず踏みとどまれていれば…」
当時19歳の大学生の男は「闇バイト」の誘いに応じ、強盗に手を染めた。
全国で相次いだ「ルフィ」などを名乗る指示役らによる一連の強盗事件のうち、唯一、被害者が亡くなった東京・狛江市の事件。90歳の女性はなぜ命を奪われなければならなかったのか。
裁判では、安易に「闇バイト」に応募した実行役が指示されるがまま強盗に加担し、最悪の結末を招いた経緯が明らかになった。
8月21日、東京地裁立川支部で行われた初公判。
法廷に姿を見せたのは、黒のジャケットに青いネクタイをしめた中西一晟被告(21)。
体は細身でメガネをかけ、長い前髪が目元までかかっていた。
中西被告は、2023年1月、仲間と共に狛江市の住宅に宅配業者を装って押し入り当時90歳の女性の両手を結束バンドで縛り、バールで殴って死亡させた上、高級腕時計や指輪を奪った強盗致死の罪などに問われていた。
狛江市の事件では、「実行役」として中西被告、永田陸人被告(22)、野村広之被告(53)、加藤臣吾被告(25)の4人、「指示役」として3人が起訴されているが、この事件で裁判が開かれるのは初めてだった。
当時19歳の平凡な大学生だったという中西被告。
なぜ「闇バイト」の誘いに応じて強盗に加担したのか。
中西被告は石川県で生まれ育ち、大学進学をきっかけに都内で一人暮らしを始めた。
親からの仕送りとアルバイト代で生活する、どこにでもいるような大学生だったという。
道を誤るきっかけはゲームだった。
2022年8月、高校生の時にゲームを通じて連絡先を交換した年上の男から「住む場所がなくなったから家にいさせてほしい」と頼まれた。
のちに一緒に事件を起こすことになる加藤被告との同居が始まった。
「家賃と光熱費は半分払う」という約束で、一緒に暮らすようになった加藤被告だが、生活費の支払いは一度もなく、中西被告のカネを無断で使い込むこともあったという。
経済的に苦しくなっていった中西被告は2022年12月、加藤被告から「闇バイト」の仲介人として「sugar」と名乗る人物を紹介され、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」で連絡をとりあうようになった。
それからまもなく、「sugar」から広島での強盗計画に誘われた。
この時は、誘いを断ったという中西被告だが、同居する加藤被告は参加した。
2022年12月21日、広島市の店舗兼住宅で発生した「ルフィ」グループによる強盗事件だった。
事件はニュースでも大きく報じられた。
だが中西被告が、犯行後に加藤被告から聞いた話は、実行役の人数などが報道された内容とは異なっていた。
“警察にばれない”そう感じた。
2023年1月12日。
指示役からテレグラムで次の誘いがあった。
――指示役「sugar」:「案件がある」「人数は4人そろえて行こうと思う」「経験者もいます。今回どうしますか?」
狛江市の住宅に強盗に入る計画だった。
報酬は「100万円から200万円」と説明されたという。
金には困っていたし、目の前には、犯行後も逃げ切れている加藤被告がいる。
中西被告は、誘いに乗ることを決めた。
狛江事件の3日前。
指示役と実行役が入った「テレグラム」のチャットグループに、「Kim」と名乗る別の指示役から詳細な計画が送られてきた。
――指示役「Kim」:「凸前からリーダーと電話つないだままいって、退避完了までつないでいるので 的確に指示します」「ドアが完全に開いたら、いきなりボコして大丈夫です」「大体大声出すので、顔面、喉、 みぞおち狙って下さい」
宅配業者を装って住宅に押し入り、住人を縛って金の保管場所を聞き出すという計画だった。
事件前日、中西被告は宅配業者を装うための段ボールなどを購入。
もう後戻りできなくなっていた。
事件当日の1月19日。
中西被告は別の実行役3人と神奈川県内のコインパーキングに集まった。
犯行に使う車は2台。
強盗の対象の住宅に行くために使う車を「突撃車」、逃げるために使う車を「逃走車」と呼び、実行役4人は、2台の車に分かれて狛江市の駐車場に向かった。
「逃走車」はその駐車場に残し「突撃車」に乗り換えた4人は、犯行現場となる住宅近くに到着した。
――指示役「Kim」:「落ち着いて。迅速に的確にお願いします」
そして午前11時31分頃。
宅配業者にふんした中西被告がインターホンを鳴らした。
――中西被告:「お荷物です。ハンコお願いします」
玄関から出てきた女性が荷物を確認すると。
――女性:「これは私宛ての荷物じゃないので受け取れない」
背中を向け自宅に戻ろうとした女性を野村被告が抱え上げ、4人はそのまま住宅に押し入った。
中西被告は、女性の両手を結束バンドで縛りタオルで口をふさいだあと、ワイヤレスイヤホンをつけ指示役と電話をつないだ。
実行役4人は女性をおさえる役割を交代しながら、現金がないか家の中をくまなく探した。
しかし、数十分、物色しても現金は見つからず、女性から現金の保管場所を聞き出すこともできなかった。
しびれを切らした「三橋」と名乗る指示役が焦った様子で電話越しに怒鳴ったという。
――指示役「三橋」:「指飛ばせ」「刃物持ってこい」「殺さない限り全力でやれ」
実行役のリーダーだった永田被告は決意を固め「バールとってこい。やれ」と野村被告に指示。
野村被告は長さ約75センチ、重さ約1.2キロあるバールの端を持ち、女性に振り下ろした。大きな鈍い音が室内に響き渡った。
――女性:「痛い。なんでこんなことするの。お父さん助けて」
――永田被告:「金のありかを言わなきゃ殴るぞ」「家を燃やすぞ」「家族を殺すぞ」
中西被告は、両手を縛られ抵抗できない女性が脅されながらバールで10回ほど殴られ続けているのをただ見つめていた。“止めたら自分が殺されるかもしれない――”中西被告は恐怖でその場に立ち尽くすしかなかった。
女性はろっ骨や胸骨など上半身30か所の骨を折るほどの激しい暴行を受け亡くなったが、現金の保管場所については最後まで話さなかった。
家族5人の幸せな生活を理不尽にも奪われた被害者の女性。
90歳と高齢だったが、買い物や食事などは1人で全てこなし、つつましく生活する人だったという。
裁判では、遺族の悲痛な思いが代理人の弁護士を通じて読み上げられた。
――女性の遺族:「母の死に顔は生前見たこともないもので、つらく納得できない無念な表情でした」「母はバールで殴られていた際に『お父さん助けて』と言っていたそうです。体中の骨を折られながら母がとった必死の行動が20年以上前に亡くなった伴侶に助けを求めるということでした」「被告人には死ぬまで母の死に際の言葉、母の声を忘れないでほしい。極刑にならないのであれば1日でも長く刑務所にいてほしいと思います」
目の前で女性がバールで暴行を受けるのを見ていた中西被告。
裁判では「自分は一切殴ってない」と話し、強盗致死の罪について、争う姿勢を示したが、検察側は「暴力を伴う強盗が計画されていることを理解しており、共謀していたことは明らか」と指摘し、強盗致死罪が成立するとして懲役25年を求刑した。
金欲しさに、指示されるまま強盗に手を染めた中西被告。
裁判長から「最後に述べておきたいことはありますか」と問われると、「様々な選択肢があったのに自分がお金の誘惑に負けず踏みとどまれていれば事件は起きなかった」と述べ、“あの場面”を最も悔やんでいると話した。
「この事件で最も罪深く女性に申し訳ないのは、バールで殴打する行為を見て、止めないといけないと思っていたのに、恐怖心から何もできずその場に立ちつくしたことです。自分の選択や行動を後悔して絶望します」
亡くなった女性や遺族に対し謝罪の言葉も述べた。
――中西被告:「事件を起こした責任として償い続けることをここに誓います。亡くなった女性と遺族に謝罪させてください。大変申し訳ありませんでした」「バールでの暴行を見ても何もできなかった自分を一生許さずに生きていきます。女性の命を一生背負って生きていきます」
9月6日、東京地裁立川支部は判決で「バールでの殴打など強度の暴行を加える可能性があることを認識しながら犯行に加担したものと認められる」として強盗致死の罪が成立するとした。
そのうえで、「高額な報酬目当ての身勝手で利己的な犯行動機に酌むべき事情は認められない」として、中西被告に懲役23年の判決を言い渡した。
判決を聞き終わると、中西被告は証言台の前で深く頭を下げた。
参照元:Yahoo!ニュース