「あまりの暑さにレールがゆがむ」見落とせば脱線、大事故 酷暑で鉄道ピンチ でも対処が難しい「深刻な事情」
7月16日、大阪府羽曳野市。
近畿日本鉄道南大阪線の線路上にヘルメット、作業服姿の男性がいた。
古市保線区に勤務する辻幸二さん(46)。
酷暑で鉄製のレールがゆがむ「張り出し」がないか、同僚と徒歩で確認している。
真夏の暑さの中、気が遠くなるような距離を担当社員で手分けして歩く。
見落とせば脱線などの重大事故に直結するからだ。
この日の最高気温は30度超。
周囲に日差しを遮るものはなく、突き刺すような直射日光が真上から降り注ぐ。
線路に敷き詰められた砕石「バラスト」やレールも熱を発している。
それでも、電車が頻繁に大きな音を立てて通過していくから気が抜けない。
記者も線路近くにいたが、立っているだけで倒れそうなほど暑い。
カメラのレンズに汗がポタポタと落ちた。
辻さんは、日焼けした顔に汗をにじませ、冗談交じりにこう語った。
「焼かれるような暑さでも、目で見て、手で触って確認しないと安全な線路とは言えない。仕事終わりの冷たいビールのために頑張ります」
暑さの影響はレールだけではない。
分岐器や信号機でもトラブルが起きており、鉄道各社は運休も含め、慎重な運行判断を余儀なくされている。
トラブルの国への報告件数も、近年の気温上昇とともに急増している。
私たちの生活を支えるライフラインで今、何が起きているのか。
近鉄は近畿、中部地方の2府3県に路線網を持つ。
そのうち、古市保線区の管轄は大阪府南東部を走る近鉄南大阪線など、80キロ余り。
辻さんら「軌道班」は月2回、線路に沿って歩く。
確認するのは、線路のコンクリート製の枕木とレールを固定する部品に緩みがないかどうかだ。
さらに、線路近くの温度計が基準を上回ると、列車上から線路のゆがみを探す乗車巡視も加わる。
このため夏場はほぼ毎日、巡視が必要になる。
普段は報告書や工事計画作りをしている内勤の職員も駆り出される。
ただ、簡単ではない。
鉄道業界全体で人手不足が深刻化しているからだ。
少ない作業人数で酷暑の影響を抑えなければならず、近鉄では対策として、温度計をシステムで遠隔監視し、基準を上回った周辺区間のみを巡視する運用を導入している。
高温による「実害」が既に出ている鉄道もある。
香川県のJR予讃線では2023年7月、線路に大幅なゆがみが見つかり、一部区間で終日運転を見合わせた。
夏の運転見合わせが「恒例」となっている路線もある。
宍道(松江市)―備後落合(広島県庄原市)間を結ぶJR木次線。
レール温度計が60度近くを示すと、張り出しを警戒して運転を見合わせる。
今年8月もダイヤの乱れや運転見合わせが相次いだ。
昨年夏は、温度上昇による30分以上の遅れや運転見合わせが5件あった。
うち2件はレール温度が規制値を上回ったため、観光列車が山間部の途中駅で足止め。
乗客は規制値を下回るのを待つはめになった。
JR西日本側は「事前の運転見合わせは安全のため」と強調するが、沿線関係者からは不安定な運行を懸念する声も上がる。
「運休になってしまうと、観光列車の歓迎イベントも意味がなくなる」(島根県観光振興課)
JR西によると、木次線は冬も大雪による運休や見合わせが多く発生しており、経営は赤字。
沿線の自治体担当者は運行の安定を求めたが、JR側はこう漏らしたという。
「(見回りを強化するなど)木次線への投資は、現行以上は難しい」
酷暑による鉄道への影響はどこまで広がっているのか。
全国の鉄道会社は、運休や30分以上の遅れが発生した場合、原因などを国に報告している。
その内容をまとめた「運転事故等整理表」を情報開示請求し、分析した。
その結果、暑さによるトラブル件数は、2000年代は0~5件程度だったのに対し、2018年度は最多の51件、23年度は2番目に多い47件に上った。
毎年の事故件数には凸凹があるため、「移動平均」を算出すると、年々増加している現状がより鮮明になった。
試しに「3年移動平均」(1~3年目の平均、2~4年目の平均、3~5年目の平均…という順番で各年の平均トラブル件数を算出)で折れ線グラフにすると2002~04年度は年2件だったが、2021~23年度は31.7件まで増加している。
トラブルの内容は、木次線のように運転を事前に見合わせたり、信号機や踏切、分岐器などの金属部品が膨脹し、正常に作動しなかったりするケースが目立った。
遅れの時間が30分未満など、報告されていないケースがあることも考えると、気温上昇によるトラブルはさらに多いとみられる。
線路の安全対策に長年携わった元JR西の社員は、保線現場の人手不足の影響も指摘する。
「どこの会社でも現場の人が減っている。かつては張り出しなどのトラブルが起きやすい区間を経験で把握していた。暑さだけでなく、熟練作業員が減っていることも影響しているのではないか」
酷暑による鉄道への影響は、日本だけではない。
欧米でも深刻だ。
イギリスで大半の鉄道網を所有する国有企業「ネットワーク・レール」が開示した資料によると、2022年4月~23年3月は猛烈な熱波の影響で計約6300時間の遅れが生じた。
経営面への影響が大きいことも明らかになっている。
この時期の暑さが原因で生じた追加コストは2800万ポンド、日本円で50億円を上回る規模となっている。
気候変動と鉄道業界の人手不足という二重苦を、技術開発で補う動きも進んでいる。
鉄道総合技術研究所(鉄道総研)は、つなぎ目が少ない「ロングレール」を採用した上で、レールの下に敷く「バラスト」に土砂を混ぜてセメントで強固にする工法を考案した。
レールがゆがむ「張り出し」が起きやすいのは、バラストの密度が低い時だからだ。
ゆがみを抑えつつ、保守作業の頻度を減らせるメリットがある。
ほかにも、保線工事後のバラスト密度を高める工法や、同じく鉄を用いる分岐器の部品での暑さによるトラブルを防ぐ技術の研究も進めている。
さらに、気象や地形などのデータからレールの温度を予測するシステムも開発した。
気象庁のデータを利用することで比較的安価に導入可能で、全国ほとんどの鉄道路線に対応できるという。
主任研究員の浦川文寛さんが意図を説明する。
「温度が高いレール箇所を抽出し、散水したり日光を反射する白色塗料を塗ったりするなど、効率的な対策が可能になる」
最後に、日本大鉄道工学リサーチセンター副センター長の綱島均さんに現状と対策について聞いた。
「酷暑が鉄道の安全を脅かしているのは明らかで、大事故が起きる前に対策を進めなければいけない。最高気温が35度を超える日が珍しくなくなり、鉄道会社は、特に地方で、熟練した保守作業員の不足に直面している。JRも余裕は無い。酷暑が関連する事故のリスクが減る要素はなく、高まり続けている。 現在は表面化していないトラブルも、放置すれば大規模な輸送障害や事故として顕在化するだろう。会社間の垣根を越え、作業員やノウハウを融通する取り組みを検討する必要がある」
参照元∶Yahoo!ニュース