ドル 円年末は140円割れも、鍵にぎる日米の政治情勢

円とドルの相場が変動しているイメージの写真

8月23日、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は事実上、9月の利下げを宣言した。

6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)における経済見通しに対し、失業率は予想よりも早く上昇し、インフレは予想より早いペースで鎮静化しつつある。

FRBはインフレ対応から景気下支えにかじを切っており、9月の利下げ幅が50ベーシスポイント(bp)におよぶ可能性もあるだろう。

とは言え、アトランタ地区連銀の経済予測モデル「GDPナウ」によると第3・四半期の国内総生産(GDP)は2.0%と潜在成長率をやや上回っている。

8月の雇用統計にもよるが、現時点では9 月の利下げ幅は25bpにとどまる可能性が高い。

日本でも同じ8月23日に閉会中審査が行われ、植田和男日銀総裁は、「経済・物価の見通し実現の確度が高まれば、金融緩和の度合いを調整する基本的な姿勢には変わりない」として、正常化スタンスを維持する構えを示した。

日銀の利上げをきっかけに市場が大混乱に陥った後だけにタカ派との受け止めも聞かれる。

しかし、政策金利からインフレ率を差し引いた実質的な政策金利を大幅なマイナス圏に放置すれば、再び円安と輸入インフレを助長し、実質賃金の前年割れが消費の低迷を招く悪循環に逆戻りしかねない。

「金融緩和の度合いを調整する」とは、実質政策金利をマイナス圏にとどめつつ、マイナス幅を徐々に縮めることであり、日銀は年内に追加利上げに踏み切る公算が大きい。

年末に向けてドル/円は日米金利差の縮小により、徐々に上値を抑えられていく可能性が高い。

もっとも、ドル/円は11月に迫る米大統領選挙の結果にも影響を受ける可能性がある。

以下では、財政赤字とインフレの観点からみてみよう。

米大統領選を巡っては、民主党候補のハリス副大統領が勢いを増しているが、激戦州では共和党候補のトランプ前大統領も負けておらず、依然として結果は予断を許さない。

ただしどちらの候補者が勝っても、拡張的な財政運営が志向される可能性が高い。

例えば、トランプ氏は2025年末で失効する、富裕層向けのいわゆる「トランプ減税」の延長や法人税率の引き下げ、社会保障給付における所得税の免除などを掲げており、歳出拡大や歳入減が見込まれる。

輸入関税の引き上げこそ歳入の増加要因だが財源としては不十分だ。

対するハリス氏も中間層への支援拡大を訴え、1億人以上の税負担を軽減するとしている。

具体的には児童税額控除や低所得労働者向け税額控除の拡充、医療保険料への補助金、住宅の初回購入者に対する補助などが挙げられている。

同氏は法人税率の引き上げを掲げるが、法人税が歳入に占める比率は1割にも満たず、やはり財源として不十分だ。

トランプ氏ほどではないにせよ、やはり財政赤字の拡大が懸念される。

財政赤字の拡大と通貨の関係で言えば、22年の英国が思い起こされる。

同年9月に発足したトラス政権は「ミニ予算」と称する積極財政路線を打ち出した。

折からのイングランド銀行による国債売却方針と相まって債券相場は急落(=長期金利は急上昇)。

この悪い金利上昇に為替市場はポンド安で反応し、対米ドル相場は37年ぶりの安値に沈んだ。

結局、トラス首相は史上最短の在任期間で退陣に追い込まれた。

英国、米国ともに経常赤字と財政赤字といった双子の赤字が共通項だ。

しかも、対名目GDP比で比較すると経常赤字はどちらも2─3%と同程度だが、公的債務残高(グロス)は米国が122.1%と英国の101.1%を大きく上回る(国際通貨基金の2023年データ)。

仮に、積極財政路線が打ち出された場合、ドルが22年のポンド安に似た動きをたどる可能性は否定できない。

もっとも、留意点は次の2点だ。

米国では予算編成上、議会協力が必須であり、議会選挙の結果が極めて重要だ。

また、ドルは基軸通貨である為、決済需要や外貨準備に代表される予備的需要に支えられている。

金利が上昇した場合、その背景を問わず、素直にドル高となる可能性もある。

実際、23年8月に格付け会社フィッチ・レーティングスによる米国債の格下げと米財務省による国債増発計画の公表が重なると、需給悪化が懸念された。

10月にかけて長期金利が上昇した局面で、ドル指数はじり高に推移した。

次に、インフレへの影響をみておこう。次の大統領の政策によって米国のインフレ再燃が想起されるなら、市場における利下げ期待の後退により、ドル安が限定され、場合によってはドル高が再起動する可能性も浮上する。

その点、トランプ氏が掲げる輸入関税の引き上げは小売り価格までその影響が波及する公算が大きい。

また、米国の家計金融資産に占める株式と投資信託の割合は約50%と高い。

金融規制の緩和が株式市場で好感され、相場の上昇を招くと、資産効果が景気とインフレを刺激するだろう。

トランプ減税の延長も潜在的には物価の押上げ要因と整理できる。

ただ、トランプ氏が掲げる史上最大の移民送還については、実現した場合、労働力の供給制約を強めて賃金インフレの再燃を招くシナリオと、個人消費や住宅需要の減衰によってインフレを抑制する効果の両面に留意を要する。

ハリス氏が総じてインフレ対策を強調している点に照らせば、トランプ氏が勝利した場合の方が、ややインフレと利下げシナリオの修正によるドル高が連想されやすいのではないか。

ただしトランプ氏はかねてより、円安や人民元安を念頭にドル高への不満を繰り返してきた。

時折、ドル高けん制発言による相場の乱高下がみられそうだ。

最後に日本の自民党総裁選によるドル/円への影響についてもみておこう。

13年に政府と日銀が共同声明「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」を締結していることから、政府の意向が金融政策に影響する可能性がある。

実際、市場では7月のサプライズ利上げを政府の意向を反映したものとみる向きもあるほどだ。

しかしその円安が大幅に是正されている限り、政府が積極的に日銀の金融政策に注文を付けるとは考えにくい。

差し当たってドル/円に影響が表れるとすれば、米国と同じく新政権が拡張的な財政路線を前面に打ち出す場合だろう。

もちろん、日本は英米とは異なり、経常黒字国であることから、理屈の上では政府部門の債務を国内の民間資金だけで賄うことができる。

それでも、日銀が国債の買い入れ減額に着手するタイミングでもあり、財政運営のスタンスが不測の金利上昇といった市場の混乱を招く可能性もゼロではない。

その場合、日銀は正常化を進めにくくなる恐れがあり、円安に作用する可能性が生じる。

こうしたリスクシナリオを念頭に、総裁選告示後の討論会などで各候補者の具体的な政策の中身を吟味していく必要がある。

先述した通り、年内のドル/円を見通すと日米金利差の縮小によるじり安が見込まれ、140円割れも想定される。

ただ、その水準やシナリオの蓋然性は経済データに加え、ここまでみた政治的な要因にも左右されるだろう。

引き続き不断のシナリオ検証が求められる。

参照元∶REUTERS(ロイター)