町のパン屋激戦時代 コスト上昇でどう生き残る?

パン屋の写真

女性誌やライフスタイル誌、SNSなどでは、おしゃれなパン屋や新規オープンのパン屋の情報がよく登場する。

都市部だけでなく、地方にも広がっており、さまざまなパン屋が増えてきた。

一方で、東京商工リサーチによると、昨年度パン屋の倒産件数は過去最多の37件に上った。

今の時代、生き残っていくパン屋はどんな店なのか。

100年を超える老舗、1200店以上の起業支援をしたパン屋コンサル、創業4年余の個人店などさまざまなタイプの町のパン屋に、どのような工夫や努力をしているのかを取材した。

「値上げしない」創業100年を超える町のパン屋ニコラス精養堂の店内には庶民的な価格のパンが並ぶ東京都世田谷区の三軒茶屋から下高井戸まで、住宅街を2両編成の電車・世田谷線が走っている。

その世田谷線・松陰神社前駅の前で100年以上の歴史をもって営業を続けているのが、老舗ベーカリー「ニコラス精養堂」だ。

店頭に並ぶパンは、1日約100種。

食パンやクリームパン、クロワッサンなどベーシックなパンのほか、サンドイッチやホットドッグなど調理パンの種類も多い。

ある地元の常連客は、「20年以上通っています。ここは安くておいしいから」と語る。

常連客も口にするのがその価格だ。

牛肉コロッケバーガーなどの調理パンは1個150円から。

食パンはスーパーの商品価格に近い1斤160円だ。

このところバターなどの原材料費の高騰に加え、円安の影響などで生産コストが上がっているが、3代目社長の太田泰照さんは、「昔から来てくれているお客さんの顔を思い浮かべると、値上げできない。もう、意地ですね」と言う。

「ニコラス精養堂」3代目社長の太田泰照さん。

サンタクロースを思わせる長いひげがトレードマーク「昨今の高級食パンは原材料に多量のバターや生クリームを使ったりしますけど、うちの食パンはシンプルな昔ながらのレシピ。

2代目だった父は、『一日で利益を出すのではなく、1週間合計したら利益が出るくらいの価格設定がいい』と言っていたので、その教えを守っています」

この価格で続けられる理由の一つに、土地と建物が自前のもので賃料など地代コストが発生しない点がある。

新規参入でこの価格で展開するのは難しいはずだ。

また、売り上げとしては、世田谷区内約30カ所の保育園や学童保育にパンやお菓子を納めるなど、店舗以外の販路もある。

「地元との長いつきあいから、そういった販路が開けた。私がひげを伸ばしているのは、子どもたちが『サンタさんが来た』と喜んでくれるから。『人が喜ぶことをやる』が初代からの教えです」

ニコラス精養堂は1912(明治45)年に東京・南青山で、牛乳販売店として創業。

1923年の関東大震災で被害を受け、現在の世田谷に移転、パンの製造販売を始めた。

その後、戦前は近隣の陸軍の施設に納入するなど、時流に即した商いを続けてきた。

店舗がある世田谷線沿線は、最近おしゃれな町として注目され、高価なパンを売るブーランジェリー(フランス語でパン屋)も多い。

太田さんはそういう店とはパンへの考え方が異なると言う。

「多くの人にとって、高価なパンを毎日は食べられないでしょう。そこへいくと、うちのパンは、毎日食べられる価格です。『ニコラス精養堂のパンでいっかぁ』と言われるような店でありたい。『ピンチはチャンス』をモットーに、状況に合わせて柔軟に商売を方向転換してきたから、長く続けてこられたのだと思います」

市場規模拡大の一方、過去最多の倒産図版作成:Yahoo!ニュース オリジナル 特集この十数年、パン屋の多様化が進んでいる。

一つ400円を超えるクロワッサンを売る店もあれば、食パン1斤2000円という高級店も珍しくなくなった。

パンの支出金額もこの10年おおむね増え続け、総務省の家計調査によると、2010年に比べて2020年には12%近く上がった。

また、矢野経済研究所の調査でも、国内パン市場の市場規模は現在も微増が続き、2026年度には1兆6000億円規模になると予想されている。

一方、パン屋の倒産も増えた。

東京商工リサーチによると、2023年度のパン屋の倒産(負債1000万円以上)は過去最多の37件で、前年度比85%増(2022年度は20件)だった。

内訳を見ると、従業員5人未満の小規模店が8割を占め、円安による光熱費、原材料費の高騰などが倒産の原因とされている。

さまざまな味わいが楽しめるパン屋が増えるのは消費者にとって歓迎すべきことだが、町のパン屋にとっては生き残りが厳しくなってきたともいえる。

では、生き残っていくにはどんな店づくりが必要なのだろうか。

多種多様なパンが並ぶ「コムギノホシ仙川店」東京・調布市の仙川駅から徒歩5分。

「コムギノホシ」仙川店では朝10時時点で大勢の客でにぎわっていた。

店内に大きな厨房があり、従業員は10人。

ペットを連れてイートインで食べられるテラス席のほか、7台の駐車場もある。

コーンパンは158円、薄皮つぶあんぱんは178円、天然酵母の食パンは298円、ベーコンレタスサンドは448円。

基本的には手頃な価格の商品が並ぶ。

「お子さんが好む100円程度のパンから、お年寄りに好まれるものまで、すべての層が満足する商品を置くようにしています。お子さんが好むパンは低い位置に置き、目に入りやすくするなど、配置も工夫しています」

そう語るのが、同店を運営する株式会社ダイユーの星野理絵社長だ。

コムギノホシは都内に4店舗を展開。

いずれも都心からやや離れた住宅地にあり、郊外型の店舗だ。

ダイユーは自社のコムギノホシの経営のほか、他社のパン屋の起業コンサルタント・事業支援も行っている。

主にコムギノホシのようなファミリータイプの郊外型パン屋を手掛けており、開業支援をしたパン屋は全国で1200店を超える。

開業支援したパン屋はほぼすべて順調に経営を続けていると星野社長は言う。

ただし、すべてのコンサル依頼を引き受けるわけではない。

「開業の相談があると、徹底的にその商圏の市場調査をします。わが社でまとめたデータによると、平均して日本人は一日あたり47.5円分のパンを食べていますが、兵庫県を中心とした西日本は比較的消費額が大きく、東北地方は低くなっています。東京都では約66円、山形県では約35円と、地域差があり、その差は倍近くもあります。出店を希望している商圏に何店競合店があり、どのくらいの集客が見込めるのか。調査結果によっては、出店は厳しいとお答えする場合もあります」

そこで出店可能と見込めた場合、起業支援のコンサルティングに踏み出す。

そのとき、もっとも重要なのは経営におけるコストの把握だ。

起業する方には原価表の計算式を渡して、正確に原価把握をし、すべて数値化できるようアドバイスしているという。

原価の把握と売り上げを伸ばす秘訣株式会社ダイユーの星野理絵社長。

「コムギノホシ仙川店」のイートインスペースにてたとえば、総菜パンは具材が多く、調理にかかる時間もあるため、原価率が高くなりがちだ。

かといって、そのかかった分をすべて価格に反映すると、高価格になってしまう。

だとすれば、そちらを安くする分、他の手がかからない商品を上げる必要もある。

そんな商品を全商品の中でどのくらいの割合にするのか。

商品の内訳による利益率の計算や、原材料費以外の人件費や光熱費、賃料などの外的要因も正確に計算し、どのような商品構成にすれば収益につながるかを把握する。

総菜パンは具材が多く、調理にかかる時間もあるため、原価率が高くなりがちだ「パン屋をやるには、ただパンを作ればいいというわけではありません。作って売ることのすべてを数値化し、把握できる経営者にならなくてはいけない。たとえば、コストや(閉店時間までに売れ残ってしまった)フードロスを抑えるため、すべて売り切ってしまうよう数量調整をする方もいますが、お客さまが夕方に来店した際、品切れになっていると、がっかりして、また来てくれなくなってしまうおそれもあります。ですから、対売り上げ3%くらいのロスが出てしまうのは、致し方ないともいえます」

そうしたコストや経営のポイントと同時に、売り上げを伸ばすアドバイスもしている。

仕掛けの一つがトレイを大きくすること。

トレイを大きくすれば、商品を取るスペースも増えるため販売額が上がる。

あるいは、郊外型店舗では駐車場の役割も大きい。

車で来店した場合、車で運べるため1回あたりの購入額が増えるからだ。

また、店内滞在時間を伸ばす工夫もある。

「店内滞在時間が短いと、客単価が上がりません。そこで、お客さまにできるだけ長く店内に滞在していただき、『どれにしよう』と迷っていただく。そのためには、商品の陳列の仕方には工夫が必要ですし、購入した方に無料コーヒーを提供するといった方法もあります」(星野さん)

星野さんは、こうした経営指導はあくまでも郊外型のファミリー向けパン屋に適したものであり、安定的に経営が継続できることを目指していると言う。

「最近は高価格の店もありますが、私たちが目指しているのは日常的に買いに来てくれる店。生活に根ざしたリーズナブルな店であれば、地域の人たちが繰り返し買ってくれるからです」

ここ数年、売り場と厨房を合わせて10坪以下の都市型小規模店も増えている。

2007年創刊の専門誌『Bakery book』編集長の黒木純さんは、最近はあまり人を使わず、一人あるいは夫婦でパン屋をやるスタイルも多いと言う。

「個人でやっているお店は、自分の身の丈に合った規模とペースで、理想のパンづくりを追う。たとえば国産の小麦や天然酵母にこだわる。そんなスタイルも一つの流れです。ただし、個人店を続けていくには、コストや手間の点から、ある程度商品の種類を絞らざるをえません。また、都心部で店をやる方は、賃料が高いため、やや高い価格で売らないと商売として成り立たない。たとえば国産小麦を使うことに価値を見いだす客層がいる地域など、食にこだわりがあり、出費をいとわない住人が多い地域でないと、なかなかうまくいかないかもしれません」

実際、始めてみたものの、パン屋の経営は想像していたより大変だったことがわかり、数年で閉めてしまうこともある。

大型のオーブンなど、開店時に一定の設備投資が必要でもあり、日々の営業では仕込みにも時間がかかる。

重労働のわりには単価が安く、なかなか利益を出しにくいことが理由だ。

今回の取材でも、お客さんが列をつくる人気の小規模店に取材依頼をしたところ、「開店して5年目ですが、毎日必死ですし、毎年『今年はやっていけるだろうか』と考えているほどです」と取材を断られたケースもあった。

では、個人でやっているのはどんな店なのか。

売り場面積3坪の極小店、体力的な厳しさもおしゃれな黄緑色の扉が目印の「Le Petit pain I.U」中央線沿線の西荻窪駅のすぐそばにある「Le Petit pain I.U」(ル・プチ・パン・イ・ウ。小さなパン屋イ・ウの意)は、2階建ての超極小一軒家を利用したパン店だ。

2階の厨房、1階の売り場、ともに3坪(約10平米)で、客が一人入るだけで店内はいっぱいになる。

一番人気はバゲット。

あんバター300円、トリプルチーズ380円、ミルクフランス300円など、フランスパン生地の商品が主体だ。

営業は金、土、日曜の週3日で、水、木は仕込みに充てている。

置いてあるパンは、金曜日は約20種、土日は約30種。

金曜日は平均300個、土日は350個作り、売り切れると店を閉める。

イ・ウは、元看護師だった宇津木郁美さんが服部栄養専門学校、大手パン屋での修業を経て2019年12月に開業した。

西荻窪駅のすぐそばに狭小物件を見つけ、2階に平窯を設置。

オープンして間もなくコロナ禍に突入したが、その状況でなお連日客が押し寄せる人気店となった。

ただ、昨今の物価高は原材料のコスト上昇に直結し、悩ましいと宇津木さんは言う。

「材料費の高騰で何度か価格を上げましたが、地元の常連さんは納得してくれました。でも今使っているオーガニックのチョコレートは、9月に1キロ当たり1000円値上げになります。それを価格に転嫁すると、かなり高くなってしまう。かといって、材料を変えたら、味が変わってしまいますし……」

パン屋を始めてみて実感している厳しさもある。

一つは体力。営業日は夜中の2時過ぎに厨房に入り、11時の開店から18時の閉店までずっと店舗にいる。

現在50代後半だが、いつまでこのペースでやれるかわからないと考えてしまう。

それでも頑張り続けられるのは、自分のパンを心待ちにしてくれている常連さんがいるからだと宇津木さんは言う。

西荻窪は、自身の生活にこだわりを持つ人たちが多い町と言われている。

飲食店が総崩れだったコロナ禍を経ても、イ・ウという個人店が生き残っているのは、吟味した素材と技術でおいしさを追求し、町の人たちの好みに合うパンを送り出せていたからといえる。

「パンづくりに興味を抱いたのは20年ほど前。新婚旅行先のフランス領タヒチで食べたパンのおいしさに感激してから。開業して4年半経ち、常連客もできました。この先、体力的に厳しくなったら、週に1日だけ常連さんのためだけにパンを焼き、他の日は店を貸すなど他のことに使ってもらおうかな、とか考えていますね」

今、まさにパン屋は多様化の時代。

手頃な価格の焼きたてパンを望む人もいれば、少々高くても高品質な材料を使ったパンを求める人もいる。

その地域の人たちが求めているのは、どんなパン屋なのか。

パン屋側がしっかり見極めていく必要がありそうだ。

参照元∶Yahoo!ニュース