「いつの間にか量減ってない?」 メーカーがステルス値上げに走るジレンマ
さまざまな品目で値上げラッシュが続いている。
帝国データバンクの調べによると、8月には642品目が値上げされた。
10月には2000品目以上の値上げが予想されている。
確かにスーパーマーケットに足を運べば、「あれ? これってこんなに高かったっけ?」と思わされることもしばしば。
そんななか、「お値段据え置き」の文字が……。
良心的な価格設定に引かれて買ってみると、実際はちょっとしか入っていなくてげんなり。
そんな経験がある人もいるかもしれない。
こうした「価格は変えずに、内容量を減らす」という「ステルス値上げ」が散見されるようになった。
消費者離れを引き起こす可能性があるにもかかわらず、なぜ企業は「黙って」値上げをするのだろうか。
小売りの現場と専門家に話を聞いた。
「前提として、全部の品がとんでもなく値上がりしている。いちいち“値上げします”って表示する暇もないくらい」そう語るのは東京を中心に展開するスーパーマーケット「アキダイ」の代表取締役社長を務める秋葉弘道氏だ。
小売りの最前線に立ち続けて30年、原材料の値上がりと、消費者の財布のひもがきつくなっているのを同時に感じている。
「お客さんの金銭感覚はこの30年で一番シビアなんじゃないかな。10円、20円の違いで商品の売れ行きがガラッと変わってしまうくらい。うちは生鮮食品があるからまだ営業努力でなんとかなってるけど……」
野菜や魚、肉などの生鮮食品はスーパー側で惣菜などに加工して、付加価値をつけて価格転嫁することができる。
また、アキダイのように仲卸を通さずに、市場から直接仕入れたり、独自に農家と契約したりして価格を抑えることもできる。
だが一般商品(お菓子・パン・冷凍食品・調味料・レトルトなど) は、メーカー側で価格が一律に決定されるため、小売りの営業努力にも限界がある。
「特に食用油なんてコロナ禍の間に約2倍になっちゃった。ここまで値上がりしちゃうと、店頭価格も上げざるを得ないよ」
原因は円安やインフレ、原油高などだ。
食用油のように、明示して店頭価格を上げられれば消費者も納得して選択できるだろう。
ただ、問題となっているのは「内容量を減らして価格を維持する」ステルス値上げだ。
秋葉氏は”しれっと値上げ”されていいるステルス値上げの事例の増加を肌で感じている。
「特にお菓子は、値段が据え置きで内容量が減っている。嗜好品だから価格を上げにくいっていうのもあるのかもしれないね。一口サイズの小分けにされているお菓子のサイズが小さくなったら気づきやすいかもしれないけど、麦チョコみたいに小分けにされずに入っているお菓子が2%減っても誰も気づかないよ」
ハムやソーセージなども輸送コストの高騰などを受け、2023年4月に「規格・内容量変更」が発表され、一部商品の値上げや内容量の削減が行われた。
「メーカーのホームページで発表されているから“ステルス”じゃないのかもしれないけど、ほとんどの人はわざわざ見に行かない。だから、お客さんはお弁当を作るときとかに気づくみたい。いつもは3本ずつ家族全員に配ってたのに足りない、って」
値上げではなく、消費者離れを招きかねない「ステルス値上げ」を選ぶ理由はどこにあるのだろうか?
「正直、お値段据え置きのほうが手に取りやすいんだよ。内容量が一緒で値段を上げた商品よりも内容量が減ってもお値段据え置きのほうが圧倒的に手に取りやすい。この“手に取りやすい”っていうのが小売りでは重要で、一回購買意欲が削がれてしまうと、他の売り場にも影響が出てきちゃう。だから店頭にはその日のお買い得商品を並べて、購買意欲をかき立てる。極端なことを言えば、赤字の一般商品が出ても他の商品でなんとか利益を出すようにしている」
全国に展開する大手チェーンのスーパーに比べて、購買力が弱い中小小売りは限界に近づきつつある。
「一般商品に関しては中小のスーパーで組んで、メーカーから大量購入してコストを抑える取り組みをしてなんとかしのいできた。“おかずが一品減って悲しい”、そんな食卓にさせないように今まで頑張ってきたけど、ほとんどの小売は限界。かと言って値上げするのもできないから、一部の一般商品ではメーカーのステルス値上げを受け入れるのもやむを得ない」
こうしたステルス値上げは過去に炎上したこともあった。
炎上の対象となるのは小売りではなく、メーカーだ。
だが、「メーカー側にもやむにやまれぬ事情がある」と指摘するのは価格戦略に対するコンサルティング事業を手掛けるプライシングスタジオの代表取締役社長の高橋嘉尋氏だ。
「メーカー側も原価や輸送コストの高騰を商品に価格転嫁したいけど、小売りがそれを許してくれない事情もあります。いい例がドラッグストアです。近所のドラッグストアを思い浮かべてほしいのですが、どの店も商品のラインアップにほとんど差はありませんよね。スーパーのように生鮮食料品で勝負することもできません。その結果、“1円でも安いほうがいい”という価格だけの勝負になってしまいます。するとメーカーとしても小売りで取り扱ってもらうために価格をなんとか維持しないといけなくなります」
実際、2022年に花王が一部商品を値上げした際には、大手小売りスーパー・オーケーが花王製品の約3割を取り扱わないことを発表した。
値上げをすれば消費者からはそっぽを向かれ、小売りからは厳しい目を向けられる。
ならば内容量を減らしてでも値段を維持しようとなるのはメーカーとしては自然なことかもしれない。
多くのメーカーで価格設定のコンサルを行う高橋氏はこう指摘する。
「しかし、ステルス値上げは露見すると信用を大きく毀損する可能性がある“諸刃の剣”です。逆を言えば、消費者に納得してもらえれば、値上げが受け入れられることもあるし、値段を維持したまま、内容量を減少させる実質値上げも可能になります」
イメージマートメーカーや小売りとして値上げを納得してもらうにはどうすればいいのだろうか?
「身もふたもないことかもしれませんが、まずは素直に謝る、ということですね。好例がガリガリ君の値上げのときに赤城乳業が掲載した謝罪動画ですね」高橋氏が指摘したのは、2016年に赤城乳業がアイスキャンディーのガリガリ君を60円から70円に値上げしたときの話だ。
赤城乳業の社員が頭を下げる動画を掲載したところ、再生回数は数百万回に達し、世界中でも「10円の値上げでここまでやるのか」と注目された。
謝罪以外の方法として、高橋氏が指摘するのは「消費者のメリットを訴求すること」だという。
「例えばコカ・コーラ。スーパーでは、500mlのペットボトルは販売されておらず、350mlと700mlのみの展開です。その理由は、1人で飲むには500mlは多すぎましたし、2人で飲むには500mlでは足りなかったから。昨今、1人世帯が増加しているなか、グラム単位では2割ほど割高な350mlサイズが“ちょうどいい”という理由で選ばれています。他にもネクターはサイズダウンしました。味が濃いドリンクは従来のサイズだと飲み残す人が多かったことから、飲みきりやすくサイズダウンしたことで好感を持たれたのだと思います」
ただし、注意が必要だ。
「謝罪に関して言えば、何でもかんでも謝ればいいわけではありません。赤城乳業の謝罪動画は、『わずか10円でもここまで真摯に謝る』というきちんと意図がある“狙った”謝罪動画です。ユーザーのメリット訴求もどんな理由でもいいわけではありません。間違ったメリット訴求をしてしまうと失敗してしまいます」
過去には、食品メーカーが内容量を減らした際、「筋肉への負担が軽減する」とメッセージを出したことで「ステルス値上げを正当化するのか」と消費者から総スカンを食った事例もある。
「 “値付け”は消費者とのコミュニケーションの一つです。メッセージの出し方を間違えれば、消費者が離れたり、消費者層が変わってしまったりすることもあります。過去に、レトルト食品の内容量を減らしたところ、主要顧客が3~4人の家族から独身男性に変化した事例もありました。すると企業は、パッケージのデザインから広告の打ち方まで変えなくてはならないのです。それくらい気をつけなければなりません」
値上げや容量の変更など、消費者もその裏側にある背景を理解したうえで、商品を選択するようにしたい。
参照元∶Yahoo!ニュース