小学生の「夏休みの宿題」が減った理由 宿題もテストも通知表も全廃した学校に起きた「変化」
小学生にとって待ちに待った夏休みが始まったが、ついてまわるのが学校から課される「宿題」の数々。
子どもたちはもちろん、「早くやりなさい」とはっぱをかけたり、見かねて手伝ったりする親にとっても、憂鬱な存在となりがちだ。
だが昨今、この夏休みの宿題に“異変”が起きている。
漢字・計算ドリルや読書感想文などを一律で課す宿題からの脱却をはかろうと、改革を進める学校が出はじめ、なかには宿題自体を廃止した学校もある。
変わりつつある「夏休みの宿題」の最前線を取材した。
7月上旬、現役小学校教員によるものとみられるXのポストが3500回以上リツイートされた。その内容は、
「私の勤務校、今年から、働き方改革のため夏休みの宿題なしになりました!夏休み帳も感想文も作品募集もなし!その他細々したものもなし!自学したい人はしてきてください、という感じ」というもの。
この投稿へのコメントには、「宿題がないとゲーム漬けになりそう」「勉強する子としない子の学力に差が出るのでは?」といった不安の声が上がった一方で、「やらされてやる勉強は身に付かない」「どうせ親が手伝っているのだから意味がない」などと宿題廃止を好意的に受け止める声も数多く見られた。
近年、教育界では「子どもの自主的な学び」を重視しようとする風潮があるが、東京23区で小学校高学年の娘を持つ40代の保護者もこう実感している。
「娘の小学校では、実質、夏休みの宿題は『自由研究』だけ。読書感想文やドリル系の宿題は一切なく、自主学習したものがあればそれをノートに貼って提出してください、と言われただけでした。先生も『塾の宿題などで忙しいでしょうから、学校からはあまり課題は出しません』とおっしゃっていて、時代の流れなのかなと感じました」
実際、今年から「夏休みの宿題」の抜本的改革を始めた学校もある。
名古屋市立如意小学校(愛知県)では、1学期の学習内容を網羅的に復習できる、名古屋ではおなじみの教材冊子「夏の生活」を採用しないことに決めた。代わりに教職員が用意したのが、子どもが自分で勉強の計画を立てるためのプリント「夏休みの学習」だ。
夏休み前、子どもたちは担任のアドバイスを受けながら、「音読」「鍵盤ハーモニカの練習」「朝顔の観察」といった具合に、思い思いの学習予定を書き込んだ。
休み中は、進捗状況を保護者がチェックしたり、タブレット端末を通じて担任が確認したりと、周囲の大人が見守る態勢を整えた。
今回の試みの背景について、大西健一校長はこう語る。
「全員一律で課される宿題に取り組むことも、ある程度学力が伸びたり、決めたことを最後まで取り組む力が身についたりと、一定の効果はあるでしょう。ただ、名古屋市も『自律して学び続ける子ども』という教育方針を示しているとおり、小学校、中学校、高校……と長いスパンで学習意欲を育てることを目指しているので、小学校の段階で学力面の成果にこだわる必要はないと思っています。また、社会の常識や情勢が1分単位で変わる今、小さいころから状況に応じた調整力や決断力を養う必要があるという実感もあります」
冒頭のXのポストのように、夏休みの宿題そのものを廃止した小学校もある。
新宿区立西新宿小学校(東京都)は昨年度から、夏休みは自分の関心のあることに取り組むよう指導しており、取り組みの成果物についても提出は任意としている。
思い切った決断の裏には、長井満敏校長が昔から抱いていた「疑問」があったという。
「既に知っている漢字を10回20回と繰り返し書かせるような宿題に、果たしてどれだけの意味があるのか。辛辣(しんらつ)な言い方をすると、学校が子どもの忠誠心をはかるためという側面もあるように感じていました」
宿題廃止の方針に対し、現場の教員たちは「1学期に教えたことを忘れてしまうのでは?」と難色を示したという。
だが長井校長は、「先生だって中学高校で習った数学や物理の難しい話は覚えていないでしょう?」「子どもは必要なことであれば覚えているもの」などと説得した。
結果、夏休み明けの2学期からの授業の理解度に関して、教員から苦情が届くことはなかった。
そこで長井校長は、さらに大胆な改革に踏み切る。
「学期中の宿題」「単元ごとのテスト」「通知表」をすべて廃止すると決めたのだ。
これには、さすがに保護者からも「勉強は親が見るようにということですか?」「塾に行かせなければいけないんですか?」といった不安の声が寄せられた。
区の教育長に呼び出され、説明を求められたこともあった。
長井校長はその都度、教育者としての自身の思いを伝えたという。
「子どもたちは、常に周りとの比較や競争にさらされ、自分のいたらなさを示される中で、自己肯定感が下がっている。成績で序列をつけて、いい子と悪い子に選別するのではなく、一人ひとりの良さをみる評価にしたいんです。子どもの自由な発想に対し、大人が『そんなくだらないことはやめて勉強しなさい』と言うことは、もしかしたら大発見の芽を摘む行為かもしれない。それは人類にとっての損失です」
こうして西新宿小は昨年、宿題、テスト、通知表という「ある意味、子どもたちを掌握するためのツール」(長井校長)を廃止した。
大人たちの不安をよそに、何かを強制されなくても自主的に勉強する子はちゃんといた。
授業についていけない子には担任が補習をするなど適宜サポートした結果、昨年度に実施した学力テストの平均点は、前の年度と比べて数点下がった程度だったという。
通知表をなくした代わりに、保護者との個人面談を年1回から2回に増やし、日ごろの授業や生活の様子を丁寧に伝えるようにした。
そのかいあってか、改革当初に保護者から寄せられたような問い合わせや苦情はその後一切届かず、教育委員会もいったんは状況を静観しているそうだ。
肝心の「改革の成果」について尋ねると、長井校長は「まだ劇的な変化はないのですが……」と前置きしつつ、こう続けた。
「先生の言うことを聞かずに暴れだす子が多少減ってきました。あとは最近、七夕の短冊を眺めていた時に気づいたのですが、『計算ができますように』『漢字が書けますように』といった願い事ではなく、「家族が健康でいられますように」といった内容が目に付くようになったなと。目先の評価よりも、自分が本当に大事にしたいものに目を向ける子どもが増えてきたのかもしれません」
それにしても、ここまで大掛かりな学校改革を推し進めるモチベーションとは、一体何なのか。
長井校長の穏やかな声色に、力強さがにじむ。
「今、全国の小中学校に不登校の子は30万人いて、教員の採用倍率も右肩下がり。学校に生徒も先生もいなくなるというのは、やはり学校のあり方の根本に問題があるからだと思っています。そういう目で現場を見ていると、変えなきゃいけないところがいっぱい、本当にいっぱい見えてくるんです」
改革の結果、テストの採点や通知表作成などの業務がなくなり、教員の負担も劇的に減った。
だが、今まで実践してきた教育のあり方から180度転換するような方針に対して、先生たちからはいまだに戸惑いが寄せられ、一様の歓迎ムードではないという。
長井校長は、「孤軍奮闘しております」と苦笑いしていた。
夏休みの宿題に代表される「学校教育の当たり前」を疑ってみる。
大胆な教育改革は、そうした小さな一歩から始まるのかもしれない。
参照元:Yahoo!ニュース