米国は欧州との旅行収支が大幅赤字に、観光地としての魅力低下か

旅行している人を撮影した写真

マンハッタンで石を投げれば、欧州で休暇を過ごそうと準備しているニューヨーカーに当たりそうだ。

米国ではイタリア滞在やアイルランドでのルーツ探しを目指し、荷物をまとめて欧州に向かう人が増えており、特に富裕層でこうした傾向が目立っている。

しかしその逆の欧州から米国への旅行は低調で、欧米間の旅行収支には過去20年余りで最大の不均衡が生じている。

これは米経済の足元の強さを示すが、長期的に見た場合の米国の弱点もまた浮き彫りにしている。

経済学的には米国市民が海外でお金を使えば輸入として扱われる。

テキサスからの旅行者がリッツ・パリに宿泊し、ラ・クーポールでぜいたくな食事をすれば、統計上は高級品を持ち帰ったことになる。

逆に英国人旅行者がブロードウェイでショーを観たり、エンパイア・ステート・ビルの展望台を訪れたりすれば、統計上は米国の輸出となる。

欧米間の旅行収支は過去何十年もの間、いずれの方向にも極端な振れを示していなかった。

しかし米商務省経済分析局(BEA)によると、昨年は米国の赤字が前年比66%増の273億ドルと2000年代で最大となった。

米国人の海外旅行の増加ぶりを示す統計は他にもある。

米運輸保安局は7月7日の全米の空港での保安検査数が300万人超と、1日の検査数として2001年の創設以来最多を記録した。

新型コロナのパンデミック期に出かけられなかった米国市民が旅行したい気持ちを募らせ、それが海外旅行の増加につながっている面はある。

しかし金融面で追い風が吹いているのは間違いない。

ドル高、そして米国内の一部の商品やサービスでの物価高止まりは海外旅行の強力な呼び水となっている。

海外で同じ商品を安く買えるためだ。

最も象徴的な例として歌手テイラー・スウィフトさんのコンサートツアーが挙げられる。

このツアーのチケットを手に入れた人の平均購入価格は米国では2200ドル(約34万7000円)程度。

一方、ストックホルムでは最も安い席の価格が300ドル程度だった。

ホテル代や食事代も割安になるから、米国人がストックホルムのツアーを聞きに行くのはお金の面では理にかなっている。

またバンク・オブ・アメリカによると、テイラー・スウィフトさんのコンサート期間に当たる5月9日から13日にかけて、パリでは個人の国際決済されたクレジットカード利用額が前年同期比で20%超も増加した。

過去にはドル高になっても米国居住者の海外旅行が増えない時期があり、ドルの強さは要因の1つでしかない。

今回がこれまでと違うのは、米国経済も好調で、富裕層ほど物価上昇への耐性が強い点。

米観光局によると、欧州を訪問した米国居住者は昨年、米国を訪問した欧州居住者よりも700万人多く、その差は2012年以来最大だった。

しかも米国からの旅行者は懐具合が豊かだ。

昨年に旅行した家計の平均所得は15万4000ドルで、2019年の13万9000ドルから増加した。

欧州の人々は複雑な気持ちだろう。

ローマをはじめとする観光地への旅行者の殺到は地域経済の活性化に役立つ一方、物価を押し上げている。

イタリアのホテルの平均宿泊料は5月に210ドルとなり、2019年から42%上昇。

マドリードでは観光客向けの短期の住宅レンタル料が第1・四半期に50%余りも上がり、バルセロナでは観光客の増加に対する抗議行動も起きている。

パリは夏季オリンピックの開催を控えており、米国からの観光客の流入が止まることはないだろう。

一方、ウォルト・ディズニー・ワールドのような米国のテーマパークに欧州の観光客を誘致するのは難しいだろう。

たとえ経済的な差が縮まっても、米国が観光客をひきつけるには他にも障害があるためだ。

米国旅行協会の依頼でユーロモニター・インターナショナルが実施した調査によると、米国は政府の対応、安全性、旅行のしやすさ、パンデミック後の回復などでみた観光市場の国際競争力が主要18カ国中17位だった。

首位は英国だ。

米国の順位の低さは一元的な国家戦略の欠如とお役所的な手続きが原因だ。

例えばビザなし旅行を許可している国の数は英国が102カ国に上るのに対して米国は42カ国にとどまっている。

また安全性に関する調査でも米国の順位はスペイン、フランス、ドイツ、イギリス、ギリシャより低い13位となっている。

それでも、欧州から米国に観光客を誘致するチャンスはありそうだ。

米国は2026年にカナダ、メキシコとサッカーのワールドカップ(W杯)を共同開催し、決勝戦はニュージャージー州で行われる。

しかし欧州との旅行収支の不均衡の元になっている金銭的・文化的要因の解消には時間がかかるとみられ、解消するどころか拡大する一方かもしれない。

これは長期的に見れば不吉なことではないか。

海外への旅行客の増加は強く豊かな経済にとって名誉なことだ。

しかしその一方で観光客をいつまでも自国へ誘致できないというのは、圧倒的な世界的大国がその魅力を失いつつあることの表れではないだろうか。

参照元:REUTERS(ロイター)