「惨状描かれず残念」被爆者の思い、「原爆の父」描いた映画 オッペンハイマー

映画館を撮影した写真

第2次世界大戦下の米国で原爆の開発を主導した物理学者を描いた映画「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)が日本で公開されている。

第96回米アカデミー賞で7部門を制し、米国でヒットした注目の作品。

「原爆の父」と言われる人物を主人公にした映画を被爆地はどう受け止めたのか。

主人公は米物理学者のロバート・オッペンハイマー博士(1904~67年)。

映画では、原爆を開発する「マンハッタン計画」で、博士が科学者らを率いて突き進む姿が描かれている。

原爆が広島、長崎に投下され、惨状を聞いた博士は苦悩した。

戦後は水爆開発に反対。冷戦下の反共主義の中でスパイ容疑をかけられ、1954年に公職を追われた。

3時間に及ぶ作品は博士の実像に迫る内容だ。

映画のパンフレットには、「ノーラン監督が映画を作ろうと思った原点は、核爆弾を作るため計画に関わる科学者たちを襲った恐怖にある」と記されている。

日本では3月29日から公開され、興行収入は10億円を超えた。

「すさまじい音とともに爆発する映像を見て、自分の体験と重なり、思わず映画館の椅子を握りしめた」。

公開初日に映画館で見た森重昭さん(87)(広島市西区)は、感想を語った。

1945年7月に米ニューメキシコ州で行われた人類初の核実験のシーン。

8歳の時に広島市内の爆心地から2・5キロで被爆し、爆風で吹き飛ばされた記憶がよみがえった。

森さんは2016年5月、広島を訪れて核兵器廃絶を掲げたオバマ元米大統領と抱擁を交わした。

この経験を踏まえ、「米国や日本を含め世界の若者が、戦争が起こるとどうなるのか、考えるきっかけになってほしい」と期待した。

一方、映画では広島や長崎の惨状が十分に描かれていないとの指摘もある。

広島で被爆した県原爆被害者団体協議会の箕牧智之理事長(82)は「多くの人の命を奪ったことへの博士の葛藤がよく描かれていた」としつつ、「被爆の実相を伝える上で重要な焼け野原が描かれなかったことは残念だ」と話した。

映画は昨年7月の全米公開以降、世界興行収入10億ドルに迫り、実在の人物を描いた伝記映画としては歴代1位を記録した。

米国では、着せ替え人形の世界観を実写化した「バービー」と同時公開され、「バーベンハイマー」との造語も生まれた。

バービーを巡っては昨年、主人公とキノコ雲を合成した画像がSNSで拡散された際、作品の公式アカウントが好意的な反応を示し、批判の声が上がった。

こうした中、広島市の広島平和記念資料館を訪れる外国人観光客は増えている。

4月下旬に英国から訪れたエドワード・ハンティントンさん(31)は映画を見て「原爆の製造過程を示しているが、被害に焦点は当てられていなかった」と感じたといい、「(バービーを巡る騒動は)原爆の被害が十分に伝わっていないことが原因だろう。資料館を見て、その悲惨さに圧倒された。ここに来てこそ、広島で何があったかわかると思う」と話した。

海外の被爆者はどう感じたのか。

昨夏に映画を見た米カリフォルニア州在住の大竹幾久子さん(84)は、核実験の成功に科学者らが歓喜するシーンを見た時、「『私は広島原爆の被爆者です』と知らせてやりたい衝動にかられた」と振り返る。

5歳の時、爆心地から1.7キロの広島市内の自宅で被爆し、父親は行方不明のまま。

米国内で証言活動を行ってきた大竹さんは「米国ではまだまだ原爆の被害を知らない人は多く、原爆が非人道的な兵器だと伝えていきたい」と語った。

広島大での勤務経験もある同志社大の村田晃嗣教授(アメリカ外交史)に「オッペンハイマー」がヒットしている背景を聞いた。

村田教授はウクライナ侵略などによる国際情勢の緊迫化に触れ、「核兵器使用の危機が高まり、核戦争の恐怖が深刻に受け取られているからだろう」と指摘。

これまでの伝記映画で描かれる歴史上の人物に比べて博士が知られていないことを挙げ、「原爆開発の経緯や、博士の苦悩が掘り下げて描かれており、誰もが新たな知識や、気づきを得られることも大きいのでは」とみる。

「原爆の惨状の明確な描写はないが、逆に『省略』された原爆の被害に関心を持つきっかけにもなる。投下した米国の事情、科学者の思いや苦悩も知ることで、より多角的な視点から歴史を考えられるようになる」と話した。

参照元∶Yahoo!ニュース